その日は、朝からもう散々だった。
目覚ましは鳴らないし、シャワーのお湯は出ないし、家を飛び出したら豪雨だし、あげく電車は遅延。やっとの思いで会社にたどり着いたら、ちょうどお昼休みが始まっていた。どうせ残業分がたまってたし、フレックスを利用したような顔をしていよう。
「ああ、もう、ついてない」
気分を変えようと、コンビニで奮発して買ったちょっとだけ豪華なコンビニ弁当を取り出した僕は、電子レンジに入れて温め始めた。その時だった。
バンッ!
鈍く派手な音が響き渡った。慌てて駆け寄ると、電子レンジの扉の向こうでは悲劇が起きていた。
飛び散った米粒、レンジ内に貼りつくブロッコリー、垂れ下がる細切り人参。それはさながら残忍な仕打ちを受けたかのようだった。
「え? なんで爆発するの!?」
僕は頭を抱えた。しかも、何が爆発したかがよくわからない。ただ、破裂した食材が悲しげに散乱しているだけだ。焦げ臭さが鼻をつき、オフィス中の視線が僕に集まった。
「あー、まあ、弁当あるあるですよ」
苦笑いでごまかそうとするが、無言の圧力は収まらない。
一体何が爆発したのか。原因究明を始めた僕は、箸で慎重に残骸を検証した。だが、唐揚げも焼き鮭も原因じゃなさそうだ。じゃあ、この形状不明の物体はなんだ?
その時、背後からオフィスの重鎮である経理部の佐伯さんが近づいてきた。
「君、それ、エビフライじゃないかな」
「エビフライ?」
「そうだよ。エビフライはね、レンジで温める時には要注意なんだ。特に冷えたまま急激に加熱すると、中に残っていた水分が急激に膨張して破裂することがあるんだよ。言わば『エビフライ・エクスプロージョン』という現象さ」
僕は唖然とした。なんだ、その無駄にカッコいい名前は……。
しかし、佐伯さんの説明は止まらない。彼のオタクスイッチが入ったのだ。
「特に衣が分厚いエビフライは、内側の水蒸気が外に逃げにくくなっているから、こういう事故が起こりやすい。昔のとんかつ屋でもよく問題になったんだが、最近は電子レンジの進化で、かえって気にされなくなったから知らない人が増えたよねえ。ま、そもそもエビフライは明治期に洋食として……」
ちょっと待て、なぜエビフライの歴史の話まで遡るのだ。佐伯さんの歴史ウンチクは止まらない。
結局その後、佐伯さんは洋食のルーツから揚げ物全般に関するレンジ調理のコツまでを一気に語り切った。やれやれと肩を落とした僕だったが、後片付けをしながらふと考える。
「それにしても、エビフライか。気にしたこともなかったけど、弁当ひとつ温めるだけで、こんな騒動になるとはなあ……」
その日以来、僕は昼休みに弁当を温めるとき、エビフライでなくとも慎重にレンジに入れるようになった。そう、僕はあの日、エビフライに負けたのだ。
でも佐伯さん曰く「エビフライ・エクスプロージョン」は、ある意味、科学的にも特異な状況であり、貴重な体験でもあるらしい。場合によっちゃパラレルワールドに飛ばされるくらいの衝撃波が発生し、レンジに爆発した弁当を残したまま行方不明者になる人がわりといるのだとか。
いや、ほんと、何いってんのか全然わからない。レンジでたまご爆発させるヤツと一緒だろう。とにかく弁当を温めるさいは気をつけよう。人間、何が教訓になるかわかったもんじゃないな。
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