#121 行灯さま

ちいさな物語

お前さん、どうせ退屈してるだろう。待っている間、昔話でも聞かないかい?

ほら、耳を貸してごらん。むかしむかし、ある嵐の夜の話さ。山奥で暮らす若者、名前はタロって言ったかな。そいつが猟に出て、帰り道で道に迷っちまった。風がビュウビュウ吹いて、木々がガサガサ鳴って、空は真っ暗。どこをどう歩いたって、見覚えのある景色は出てこねえ。腹は減るし、足は棒のようになるし、もうダメかって思う頃さ、遠くにポツンと灯りが見えたんだ。

「おや、誰か住んでるのか?」って、タロはよろよろ歩いて近づいてった。そこには古びた家があってさ、屋根は苔むしてて、壁は傾いてる。でも窓から漏れる灯りは暖かそうで、タロは思わずホッとしたんだ。扉を叩くと、中から低い声が「お入り」と言う。躊躇ったけど、寒さに耐えきれず、タロはそっと中へ踏み込んだ。

するとさ、家のなかは外から見るよりずっと広くて、薄暗い部屋に妙な連中がズラリと並んでた。背の低いおっさん、狐みたいな目をした女、頭に角を生やした子供までいる。タロはギョッとしたが、逃げる間もなく「お前、よく来たな」って囲まれちまった。真ん中に座った白髪の婆さんがニヤリと笑って、「ここに迷い込んだ客は、うちのルールに従ってもらうよ」と言う。タロは背筋がゾッとしたが、もう後戻りはできねえ。

婆さんは火鉢に火をくべて、タロに席を勧めた。「ここははざまの家さ。迷った者しか辿り着けねえ場所だ。出たいなら、一晩過ごして俺たちの話を聞け。それで運が良けりゃ、朝には帰れる」と言うんだ。タロは仕方なく頷いて、火のそばに腰を下ろした。すると、角の生えた子供がクスクス笑いながら近づいてきて、「お兄ちゃん、怖い話好き?」って聞いてきた。タロは苦笑いしながら「まあ、聞くだけなら」と答えたのが運の尽きさ。

まず狐目の女が話し始めた。

「昔、私もお前みてえに迷ってここに来た。そんで、話を聞いてさ、どうにも怖くなって逃げ出そうとしたんだ。必死に走ったけど、森はぐるぐる回るだけでさ。結局、諦めてここに住み着いたんだよ」。

次におっさんが口を開く。

「俺は猟師だった。獲物を追ってたら、いつの間にかここにいた。出ようとしたが、道が消えて帰れねえ。だから仕方なくここにいる」

一人ひとり、自分がここに閉じ込められている経緯を話して聞かせる。それからここへ来て帰ることができた人の話も。そのどれもが薄気味悪くて、帰れる人間と帰れない人間の違いはなんなのだろうかとそればかり気になった。

夜も更けタロはだんだん眠くなってきたが、目を閉じるわけにはいかねえ。婆さんが「寝ちまうと、ここに残る羽目になるよ」と釘を刺したからさ。

話は続いた。ここにいる人間は入れ替わるのだそうだ。誰かが残れば誰かが帰れる。要するにここの連中はタロが帰れなけれは自分が帰れるかもしれないと思っているわけだ。

角の子供が「お兄ちゃんも、ここにいれば楽しいよ。外の世界なんか忘れちまえ」と囁く。タロは首を振って、「俺は帰るよ。家族が待ってる」と必死に言い聞かせた。

すると婆さんが立ち上がって、「なら、最後の試しだ。行灯さまに決めてもらおう」と指さした。

「行灯さま?」

見ると、部屋の隅に小さな行灯が置いてある。なんの変哲もない小さな行灯だったが、揺れる火がタロを呼んでるようだった。

タロはその行灯をそっと抱えて、家の中を歩き回った。廊下は曲がりくねり、部屋は次々に出てきて、まるで生きてるみたいに形を変える。でも行灯の光だけが、タロを導いてくれた。どれだけ歩いたか分からない。一晩中歩いていた気がした。ある引戸を開けると、突然風が吹きこんできて、目の前に森が広がっていた。振り返ると家はない。ただの木立が立ってるだけ。タロはホッとした。手にしていたはずの行灯はいつのまにか消えていたそうな。

なんとか家に戻ったタロは二度とその森へは近づかなかった。けど、時々あの灯りを思い出すんだと。ちょっと怖くて、でもなぜか温かい気持ちになるってさ。

行灯さまがどうしてタロを帰してくれたのか、いろんな人に聞いてみたいらしいけど結局わからなかった。お前さんも、道に迷っちまったら気をつけな。はざまの家に迷いこむかもしれねえからな。おっと、そろそろ時間かね。

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