#122 祖父のビー玉

ちいさな物語

祖父が亡くなった後、古い木箱の整理をしていると、小さな布袋が出てきた。中には、ひとつのビー玉が入っている。透明なガラスの中に、ゆらめく青と緑の渦が閉じ込められていた。
 
なぜか惹かれてそれを手に取ってみる。そして何気なくのぞき込んだ瞬間、息をのんだ。ビー玉を通して見た景色がいつもと違う。逆さまに見えるとかそんなんじゃない。
 
鏡に映る自分がいつもの自分と違うのだ。
 
髪は短く、体つきもがっしりしている。まるで性別が逆転しているかのようだった。思わずビー玉を回してしっかりとのぞきこむ。すると今度は、自分が老人になっている。しわだらけの顔、細くなった手。さらに角度を変えると、今度は幼い子供の姿の自分が映った。
 
「なにこれ……?」
 
不思議に思いながら、母にこのビー玉のことを尋ねてみた。母はそれを見ると、目を細めて言った。
 
「おじいちゃんが昔、大事にしていたものよ。でも、詳しいことは聞いたことがないわね。それがどうかしたの?」
 
首を振って会話を終わらせた。なんとなく、言わない方がいいような気がする。
 
その晩、寝床でビー玉を握りしめながら考えた。もしかして、これはただのガラス玉ではなく、「もうひとりの自分」を映すものなのかもしれない。もしそうなら、このビー玉に映る姿は、自分の可能性なのだろうか。
 
翌朝、学校へ行く前に鏡の前でもう一度覗いてみた。すると昨日とは違う姿が映った。見知らぬ大人の自分——いや、未来の自分だろうか。スーツを着て、どこかで見たことのある景色を背景に立っている。
 
「……ここ、どこだろう?」
 
鏡を見ているはずなのに、ビー玉の中の自分は映像のように独立して動いていた。
 
よく見ると、後ろに古びた木箱がある。見覚えのあるそれを開けると、やはり中には布袋があった。つまり、未来の自分もこのビー玉を持っているのか?
 
ふと、疑問が浮かんだ。もしこのビー玉に自分の別の姿、例えば未来、過去、性別が逆転した状態が映るのなら、いったい祖父はこのビー玉で何を見ていたのだろう? これだけでは何か大事に持ち続ける理由がよくわからない。
 
その夜、夢の中で祖父が笑っていた。手にはビー玉を持ち、それをゆっくりとこちらに差し出している。
 
「好きに選べるんだよ」
 
祖父の声が聞こえた気がした。目が覚めたとき、手の中には、あのビー玉が握られていた。
 
あの夢はいったい何だったのだろう。いったい何を好きに選べるというのか。まさかビー玉で透かし見たすべての自分から好きな自分を選び取れるのとでもいうのだろうか。それは一体どうやって?
 
いまだ私はその方法には至っていない。

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