#124 右手の暴走

ちいさな物語

きっかけは、中古屋で買った一本の万年筆だった。アンティーク風で格好良く、気に入って即購入。しかしペンとその蓋をとめるように小さな紙が貼ってある。よく見るとそれは……。
 
「お札?」
 
小さいながらも神社のお札のような模様がびっしりと書き込まれている。ちょっと気持ち悪いなと、思いながらも俺はその紙をはがした。
 
そしてペンを握ったその瞬間、俺の人生はおかしな方向へ転がり始めた。
 
「俺は日記を書きたいだけなんだ!」

意気込んでノートを広げたはずが、右手は俺の意思を無視しておかしな文章を綴り続ける。

「空飛ぶスリッパが大統領になり、国民は毎朝パンツを投票する義務がある。」

……何だ、これ? 意味がわからない。そういえばオカルト雑誌で見たことある。これ、自動書記ってやつ?
 
止めようとしたが、右手はペンを離さない。むしろ力が強まっている。言葉は次々と続き、ページは埋まっていく。

「偉大なる猫の靴下革命により、人類は全員しっぽを装着することが義務付けられた。」

どういう意味だ。俺はこんな内容を書きたいわけじゃない!
 
さらに問題は、書いた内容が現実になることだった。次の日、街に出ると猫用の靴下が爆売れしているニュースが流れていた。これはまさか、猫の靴下革命?

「次のニュースです」というアナウンサーの声とともに、テレビにはさまざまな種類のパンツを掲げる市民たちが映し出された。

まさか……これがパンツ投票? 冗談だろと思ったが、ニュースの映像では、「ブルー派の勝利!」と大歓声があがる。投票……してたのか? いつ?
 
俺は震える手を見つめながら叫んだ。「こんなの力の使い方間違ってるだろ!」

せっかくならお金が降ってくるとか、戦争がなくなるとか、そういう何かしら意味のある文章を書きたい。
 
だが制御できないのがこのペンである。右手は容赦なく、文章を書き始める。もうやめて。

「人類、毎朝コーヒーの代わりにコーンスープを飲むべし。」

地味な変化球。いや、別にいいけど。困らないけどさ。どうでもいいことばかり書きやがって。

翌朝、カフェのメニューがコーンスープ一色になっていた。コーヒーショップは「昔からそうでしたけど?」というたたずまいでコーンスープを売っている。メニュー表も看板もあたり前のようにコーンスープだ。ホットコーヒーは逆にメニューの後ろの方へ追いやられている。それはかつてのコーンスープのポジション。――だが、それだけだ。
 
友人に相談しても、「お前、その冗談、最高に面白いな!」と笑われるばかり。いや、笑いごとじゃない。日常がどんどんおかしくなっていくし、おかしいと思うのは自分だけなのだ。疎外感が半端ない。
 
なんとかしてこのペンを右手から引き離さなければ。そんなことを考えていたら、それに気づいたように右手がこう書き始めた。

「右手を止めようとする者には、くすぐりの刑を執行する。」

その瞬間、俺の体は笑いに支配された。見えない手が俺の脇腹をくすぐっている。

もはや打つ手はない、か。

そのとき、部屋のゴミ箱捨てられている、このペンを買ったときについていたあのお札が目に入った。

これだ!

俺はくすぐりに耐えながら、右手をゴミ箱につっこむ。すぐさま左手でお札をペンに押し付けた。やっと指がペンから離れる。

「た、助かった?」

だが、まだ右手がペンを握っている感覚が消えない。俺はテープでペンをお札ごとぐるぐる巻きにした。そしてようやくペンから解放されたのだった。

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