「あそこの葬儀屋、サポートが異常に厚いらしい」
そんな噂を耳にしたのは、病院の帰りの居酒屋だった。退院してから、ここぞとばかりにいろんな知人に連絡をとって遊びまわっている。その知人の一人が酒を片手に話し始めた。
「遺族への対応が丁寧なのはもちろん、故人本人まで満足してるらしいぜ」
「故人が満足? そんなんどうやって確認するんだよ?」
冗談かと思って笑った俺に、知人は内緒話でもするように声をひそめた。
「実際に葬儀を頼んだ人の話なんだけどさ」
俺もつられて身を乗り出す。
「普通の葬儀屋なら、遺族のケアがメインだろ? でも、そこは違うんだ。なんていうか……死んだ本人にも気を遣ってる感じがするんだよ」
「どう気遣うんだ? ってか、死者を丁重に扱ってもらえるのを見て満足するのは遺族の方だろ?」
「最後まで聞けって。亡くなった人が迷わないようにサポートがつくらしい」
「迷わないように?」
「ちゃんとあの世へ行けるようにな」
俺は思わず笑った。
「それ、坊さんが読経して導くって話じゃなくて?」
「いや、坊さんとは違う。あそこにはお見送り専門の社員がいるんだよ」
いまいちよくわからない。しかし、その葬儀屋のことは妙に気になった。数日後、仕事で取引きがあった葬儀屋に行って挨拶ついでに、噂のの葬儀屋についてきいてみた。
「……ああ、あそこはちょっと変わってるね。うちもそこまでできたらいいけど、人材がなぁ」
それは知人の言っていた見送り専門の社員のことだろうか。詳細を聞くと、社長は少し言葉を選びながら答えた。
「本当に見送りまでやるらしいよ」
「あのー、見送りっていうと……」
「亡くなった方が、迷わず旅立てるように、だ」
ますますわからない。調べてみると、その葬儀屋は特に評判がよく、「故人が安心して旅立てる」との口コミが多数あった。ただの言葉の綾かもしれないが、気になった俺は、知人を通じて実際に葬儀を頼んだ人を紹介してもらった。
その人――佐々木さんは、数ヶ月前に祖父を亡くしたばかりだった。
「ええ、すごく丁寧な対応でしたよ。遺族としてもありがたかったです」
「それは……どの葬儀屋でもそうでしょう?」
「いえ、それだけじゃなくて……」
佐々木さんは少し言葉を濁したあと、こう続けた。
「祖父がね、亡くなる前に迎えが来たって言ったんです。さっき黒いスーツの男が枕元に立っていたって」
「……葬儀屋の人じゃなく?」
「亡くなる直前の話です。祖父自身がその葬儀屋に生前契約してたみたいで、そのプランに『お迎え』が含まれていましたね」
ぞくりとした。死ぬ直前に迎えに来る?
「それで、葬儀の最中、祖父の棺のそばにずっと立っている男がいたんです。きちんとスーツを着てたんで葬儀屋のスタッフさんかなって思ってたんですけど、ちょっと聞きたいことがあって探すと、これが見つからない。それにそんな人いなかったっていう人もいて……おかしいなって思って写真やビデオを確認したんですけど、その人、どこにも映ってなかった」
俺は言葉を失った。いわゆる怪談によくある話ではないか。
佐々木さんは続ける。
「これは話半分で聞いて欲しいんですけど、後日、祖父の夢をみたんです。祖父は『あの葬儀屋さんのおかげで、死ぬのが初めてでも全然迷いなくしかるべき場所にたどりついた。お前もあそこの世話になりなさい』って。こんなのちょっと笑い話みたいですよね」
俺は、ふと気づいた。
この葬儀屋に幽霊の社員がいるのなら、それは単なる怪談ではなく、本当の意味でのお迎えと見送りが可能なのではないか、と。
それならば、他の葬儀屋が「人材がいなくてできない」といった理由もわかる。幽霊の社員なんてどう雇用すればいいのかわからないし、ちゃんと業務してくれているのか、どうやって確認するんだ? それに給与はどう支払う?
次から次へと疑問符が浮かぶ。――それなら実際にその幽霊社員に聞いてみればいいのか。
先日、緩和ケア病棟のある病院から退院して、自宅での死を選んだ。葬儀屋も動けるうちに自分で決めたておきたい。気持ちが決まると、俺は噂の葬儀屋へ電話をかけていた。
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