#129 感染する怪談

ちいさな物語

「この話を聞いたら、お前も同じ目に遭うよ」

そう言って、友人の中村は妙に真剣な顔をした。

「……何の話だよ」

「伝染する怪談さ」

久しぶりに学生時代の友人たちと飲み会を開いた。帰り道、深夜の公園のベンチで、俺と中村は二人で酔いざましと称してぐだぐだとしゃべっていた。酒も入っていたせいか軽い気持ちで続きを促す。

「数日前、俺はある怪談を聞いたんだ。それを聞いた人は不可解な出来事に巻き込まれる。でも、話さないとどんどん悪化するらしい。だから俺は話すしかないんだ」

中村の目には本気の怯えが宿っていた。酔ってアホな話をはじめるのかと思っていた俺は「やめろよ」笑ったが、中村は首を振った。

「無理だ。もう俺も限界だ。だから、お前に話さないといけない。たいしたことないよ。お前も他の人に話せばいいんだから」

俺は仕方なく話を聞くことにした。だが、それは本当にたいしたことない、もっというならあまりにもよくある怪談で怖いとすら思えなかった。

簡単にいうと、痴情のもつれで殺された女が幽霊になって、復讐すべき男を探してうろついているという怪談だ。

「――それで、その怪談がなんだって?」

「今、こんなつまらない怪談とか思っているだろ。実は俺もそう思っていた。俺に話してくれたのは会社の後輩の女性で『若い女性ってこんな話で興奮できて人生たのしそうだなぁ』みたいなことまで思った」

「俺も今お前にそんな感情を抱いている」

「うん、よくわかる。だが、聞け。まず最初は、気配を感じるんだ。誰もいないはずの場所で、背後に視線を感じる。でも振り向いても誰もいない。そんなことが頻繁に起きるんだ」

「それで?」

「俺の場合は、家の電気が勝手に消えたり、ちゃんとしめたはずの水道から突然水が出たりした。それを放置すると、とうとう現れるんだよ。夜中に耳元で女の囁く声が聞こえる。最初は風の音かと思った。でも違ったんだ」

「何を囁かれたんだ?」

「『話して』って」

鳥肌が立った。中村は続けた。

「その翌日、俺はついに見ちまった。急に夜中に目が覚めて何気なく部屋を見たら視界の端に何かがいたんだ。真っ黒な影みたいなものが、部屋の隅に立ってた」

俺はまじまじと中村を見た。冗談を言っている様子ではない。

「で、その影はどうなった?」

「ゆっくりと近寄ってきたんだ。俺はいわゆる金縛り? みたいな状態でまったく動けなくなって、そこでまた囁かれた」

「……何て?」

「『話して』ってな」

中村はそこで話を終えた。そして、私の顔をじっと見つめた。

「これで、お前にも伝わったよ」

私は笑った。

「馬鹿らしい」

「本当にそう思うか?」

中村の表情は変わらない。私は酔いのせいもあって、結局気にしないことにした。

だが――翌日から、奇妙なことが起こり始めた。

最初におかしいと思ったのは帰宅したときだ。鍵をかけたはずのドアがわずかに開いていた。そのときはもう中村の話なんて忘れていたから、鍵をかけたつもりで忘れていたんだと思った。一応、用心して部屋の中を確認したが、誰かが入った形跡はなかった。

だが今度は部屋の電気が点いたり消えたりし始めた。電球が切れかけているのかと思ったが、確認したらそうでもなさそうだ。これも気のせいだろうと思ってそのままにしておいた。

そういった「ちょっとした」異常は日に日に増えていき、そこでようやく中村の怪談のことを思い出したんだ。

その晩、とうとう俺も女の囁き声を聞いてしまった。

「話して」

中村の言っていたことは本当だった。

その夜は気味が悪くて一睡もできなかった。だが、一番恐ろしかったのは次の日だ。仕事から帰宅したとき、私は部屋の隅に、黒い影のようなものが立っているのを見た。とうとう見てしまった。

私は本能的に理解した。これは本物だ。人から人へと伝染し、復讐すべき相手を探しているんだ。

それならばもう、俺がやるべきことはひとつだった。

――だから、こうして君に話している。これで、君にも伝わったよ。

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