#131 祠の管理人

ちいさな物語

どうしてこうなったのかは分からないが、僕は気が付けば、小さな祠の管理人になっていた。

転生した先が伝説の勇者でもなく、かといって魔王でもなく、さして重要ではない祠の管理人だなんて、誰が想像できただろうか。もちろんチートも何もない。

初めて目を覚ました時、僕の目の前には小さく古びた石造りの祠がひとつあるだけだった。祠の横の居住用と思われる小屋にあった管理日誌を見つけて、自らの任務をさとったのだった。

村から少し離れた森の中にひっそりと佇むそこは、訪れる者もなく、僕はただ静かに掃除をして過ごした。

雨が降れば雨漏りを修理し、落ち葉を掃き清め、たまに訪れる猫と日向ぼっこをする。

はっきり言って、とんでもなく暇だった。

でもそんな平和な日々が続く中ある日の午後、めずらしく来客があった。

「おーい、そこの祠の兄ちゃん!」

軽快な声が聞こえたので顔をあげると、小さな老人が杖を片手に近づいてきた。

「あの……なにか御用でしょうか?」

初めての訪問者に戸惑いながら尋ねると、老人はニッと歯のない笑顔を見せて言った。

「ここに伝説の剣が眠っていると聞いたんじゃが?」

いや、そんな大それたものはない。ただの祠で、奥行きもほとんどないし、隠しダンジョンも存在しないことは確認済みだ。

しかし老人は聞く耳を持たず、あちこち探し始めた。当然なにも出ず、気の毒なのでお茶を一緒に飲んでから帰ってもらった。

その後も次々と妙な客が現れた。美魔女といった風体の魔法使いが「究極の魔導書を探しに来たのです!」とやってきたり、騎士風の男が「この地に秘められた財宝はどこだ!」と鼻息荒く叫んだりする。

もしかしてこの祠は何かしら有名な祠と間違いやすい立ち位置なのか。

そのたび僕は申し訳なさそうに「そんな大層なものはないですよ」と答えるのだが、みんな「でも、とりあえず」と探索しては肩を落として戻って来る。そしてやはり気の毒なのでお茶を一緒に飲んで帰ってもらうのだった。

しかし不思議なことにみんなお茶を飲むと満足げに笑って帰っていくのが常だった。ポジティブに考えれば、ひとつの可能性をつぶせるのも前進したと捉えられなくはないということか。

あるとき、魔法使いの少女が期待した眼差して祠をみているので、僕は先んじて口上を述べた。

「ここには伝説の剣、究極の魔導書、竜神の聖水などなど、神聖なものは一切ありませんよ……」

すると少女は嬉しそうに頷いた。

「ええ、知ってる。でも一緒にお茶を飲んでくれるやさしい管理人さんがいるって聞いて来たの。パーティから外されちゃってくさくさしてたんだよね。ギルドにろくな仕事もないしさ」

僕にはさっぱり意味がわからなかった。僕はただの暇人で、退屈な祠の管理人だ。特別な力も何もない。

しかし、その日を境に、僕は訪問者をよく観察するようになった。

すると彼らは、みんな最初は何かを求めてやって来るが、結局求めていた物は見つからない。それでも、お茶を飲んで帰る頃にはなぜか穏やかな表情を浮かべているのだ。

もしかして、と思った。

この祠には特別な力などなくても、人々が自分自身の抱えていたものと向き合う「時間」があるのかもしれない。

大切なのは伝説の剣でも究極の魔導書でもなく、ただ自分自身に問いかけ、ゆっくりと答えを探す静かな場所だったのだ。

僕は初めて、自分がなぜこの祠に転生したのかを理解した。

そして今日もまた、新たな訪問者がやって来る。僕は優しく迎え入れ、熱いお茶を出してこうたずねる。

「ここには何もありませんよ。それでも、少し休んでいきませんか?」

訪問者はしばらく戸惑った後、僕の隣で焚き火を眺めながらゆっくりと話し始める。風が柔らかく祠を包み、退屈だった僕の毎日を、温かな小さな出来事で埋めていく。

いつの間にか、この退屈な祠の管理人という立場が、実は最高の転生先だったのだと気づいていた。

人間が本当に求めているのは、特別なものではなく、ただ心を穏やかにできる場所や時間なのだ。

ある日、いつかの魔法使いの少女がやってきた。

「新しいパーティに入ることになったの。管理人さんに報告しようと思って」

少女の新しい門出の話を聞き、僕は僕で最近気付いた祠の本当の力について語った。

「やだ、気づいていないの? それは祠の力じゃなくて、管理人さんの力でしょう?」

少女はけらけらと明るく笑う。

ああ、なるほど。こういうタイプのチートもあるのかもしれない。

今日も僕は祠の掃除をし、猫と日向ぼっこをしながら、次の訪問者を静かに待っている。
誰かがまた扉を叩くまで――。

コメント

タイトルとURLをコピーしました