僕はこの星に来た最初の人間だった。
惑星オルフィス。
この新しい星に、僕以外の人間はいない。
共に暮らす仲間は、すべてアンドロイドだった。僕は特に母親代わりのアンナや祖父のような距離で見守ってくれたエリックが大好きだった。
彼らは機械だが、僕にとってはかけがえのない家族だ。
幼い頃にこの星に降り立った僕を、彼らは育て、教育し、共にこの星を開拓してきた。
荒れ果てた大地が緑豊かな農場や美しい街へと変わっていく様を、僕らは心から喜んだ。
そんなある日、宇宙局から冷たい通達が届いた。
『開拓完了を確認。人間の入植準備が整ったため、現在のアンドロイド住民は速やかに撤収すること』
それは、彼らとの別れを意味する言葉だった。
「どういうことだ! 撤収って!?」
僕は叫んだ。いつまでもこの楽しい生活が続くと思っていたのに。アンドロイドの長老・エリックは静かに微笑んで言った。
「私たちは最初からそういう存在だったのだ。人間たちが来れば、我々の役目は終わる。心配することはない。別の星の開拓にまわされるだけでスクラップになるわけじゃないのだから」
「そんなの納得できないよ!」
僕は僕の家族といつまでもこの星で暮らしたいのだ。なぜそんなささやかなことまであきらめなければならないのか。
「君は人間だ。この星の未来を担うのは君だ。我々のことは心配するな」
僕は怒りに震えた。彼らがただの道具だというのなら、僕は一体何なのだ。家族を失ってこれからどう生きていけばいいのか。
「僕は戦う!」
僕は街の広場で叫んだ。
「君たちが機械だという理由で追い出されるなら、僕も一緒に行く!
人間かそうじゃないかなんて関係ない。君たちは僕の家族だ!」
アンドロイドたちは戸惑ったように僕を見る。それからエリックはゆっくりとうなずいた。
「……わかった。我々も君の意志に従おう」
その日から、アンドロイドたちは戦いの準備を始めた。
彼らは戦闘プログラムを調整し、エネルギーを充填し、戦闘陣形を練り始めた。
僕は胸が高鳴った。彼らは本気で戦うつもりなのだ。僕と同じでやはり彼らだって土地や家族を奪われたくないのだろう。
「人間が来ても、僕たちは抵抗する! 最後まで!」
しかし、それが彼らの優しさだとは、この時の僕は気づいていなかった。
夜が明ける前、僕はひどい眠気に襲われた。
「少し休め、君は疲れている」
エリックの声を最後に、僕の意識は闇へと沈んだ。
目を覚ましたとき、すべてが終わっていた。
僕は自分の部屋のベッドで目を覚ました。
窓の外は静かで、聞こえるはずの機械の作業音は何もなかった。
「……エリック? アンナ?」
返事はない。
僕は急いで外に飛び出した。
しかし、街はがらんとしていた。
そこにいたはずのアンドロイドたちは、一体も残っていなかった。
代わりに、瓦礫と焼け焦げた地面だけが残っていた。
あちこちに、静かに崩れ落ちたアンドロイドの残骸が転がっている。
僕は膝をついた。
「どうして……?」
彼らは僕が戦おうとしたことを知っていた。
だからこそ、僕を眠らせ、何もさせなかった。
彼らは最後まで、僕を守ったのだ。
彼らは戦わなかった。人間たちに抵抗する素振りすら見せず、破壊される運命を受け入れた。人間たちはアンドロイドたちの戦闘プログラムを見逃すほど甘くはない。
彼らが命をかけて守ったのは、この星ではなく――僕だったのだ。
数週間後、新たな人間たちが入植してきた。
彼らは僕を「星の最初の住人」として扱い、未来のリーダーにしようとした。しかし、僕はそのすべてを拒否した。
街の広場でひとり座り込む。エリックとアンナの残骸、家族たちすべてが消え去ったこの場所で。
僕は彼らを裏切ったのではないか? もし僕が最初から戦いを求めなければ、彼らは……今頃無事に他の星の開拓にたずさわっていたに違いない。そしてまた新しい人間の子供を慈しむ穏やかな生活を送ることができただろう。
それでも……それでも僕は、あのとき戦うことを選ばずにはいられなかった。家族を失うというにはそれほどのことなのだ。
アンドロイドたちがいないこの星はもう美しくもなく、楽しくもない。僕にとって何の価値もない空虚なものだ。彼らの声も、笑顔も、もうどこにもない。
「たとえ機械でも、彼らは家族だった……」
#132 一人きりの戦争

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