「おい、本気で行くのか?」
背後からジークが声をかけてきた。
「他に方法がないだろ?」
俺たちは迷宮探索者、いわゆるダンジョン攻略のプロだ。だが、今回の依頼は異質だった。
「看板に書かれていることが必ず起こるダンジョン……か」
俺は目の前の古びた木製の看板を見上げた。
『この先、入った者は三時間以内に出口を見つけなければ消える』
「冗談みたいな話だな」
「だが、これまで誰も生還していない以上、笑えないぞ」
そう言いながらも、俺は深呼吸をして一歩踏み出した。すると、背後で「バチン!」と音がした。振り返ると、入ってきたはずの扉が消えている。
「……マジか」
ジークが冷や汗を流す。
「とにかく急ごう。三時間以内に出口を探せば問題ない」
俺たちはダンジョンの奥へと進んだ。
しばらく進むと、道の分岐に新しい看板が立っていた。
『右へ進んだ者は足を取られる』
『左へ進んだ者は視界を奪われる』
「どっちに進んでもロクなことが起こらねえな。そもそも『足を取られる』って意味が2つないか?」
「嫌なこというなよ」
ジークがため息をつく。確かに両足をもぎとられるような想像はしたくないが。俺は最近治ったばかりの太ももの怪我を軽く撫でた。別のダンジョンで負った傷だ。もう大怪我はしたくない。
「……この先ずっと視界がきかなきゃ、悪い意味の方の『足を取られる」と同じようなものだ。いや、手を使って這っていける分ちょっとマシかもしない」
俺たちは右を選んだ。どうやら「足を取られる」の意味はマシな方の意味だったらしい。道の先には粘ついた泥沼が広がっている。
「クソッ、全然進めない」
「落ち着け、ロープを使えば――」
次の瞬間、ズブズブッと音を立てて地面が沈み始めた。
「早くしろ!」
俺たちは必死に泥をかき分け、ロープを使ってなんとか脱出した。
「看板通りのことが起こる……噂通りの強敵だな」
「こんなんダンジョン側に有利すぎるだろ。一言『死ぬ』って書いときゃ一発アウトだ」
俺たちは慎重に進んだ。
次に見つけたのは、階段の前に立つ看板だった。
『この階段を登る者は、仲間を失う』
「……どういう意味だ?」
ジークと顔を見合わせる。まさか、本当に俺たちのどちらかが消えるのか?
「『仲間を失う』というのが『死ぬ』とは限らないぞ」
「だが、解釈を間違えれば、取り返しがつかない」
悩んでいる時間はない。
「……行くぞ」
俺たちは覚悟を決めて階段を登った。次の瞬間、眩しい光に包まれた。
「ジーク!?」
振り返ると、ジークの姿が消えていた。
「嘘だろ……?」
だが、看板の言葉通り消えてしまった。
「ジーク、お前どこにいる!?」
耳を澄ますと、かすかに彼の声が響いてきた。
『ここだ……どこか別の場所に飛ばされたみたいだ』
「くそっ、やっぱり看板通りか……!」
俺は先へ進むことを決めた。
ついに出口らしき扉を見つけた。その前に立つ、最後の看板。
『この扉を開けた者は、全てを思い出す』
「全てを……思い出す?」
嫌な予感がした。だが、ジークを助けるためにも、進むしかない。俺は扉を開いた。すると――頭の中に、記憶の奔流が流れ込んできた。俺はかつてこのダンジョンで消えた者だった。そしてこのダンジョンの仕組みを知った者は、記憶を保ったまま外に出られない。
「……そういうことか」
俺は笑った。このダンジョンは記憶を奪い、何度でも挑戦させる。だから「ダンジョンを脱出した記憶」を持った生還者がいないのだ。
俺自身が何度もこのダンジョンに挑戦し、何度も記憶を失ってきたのだ。
そしてまた記憶を失って外へ出る。扉の向こうから、ジークの声が聞こえた。最後の看板はこの敗北感を味わわせるための看板だ。
「おい! どうした!? 早く戻れよ」
俺は一歩、後ずさった。
「悪いな、ジーク。このダンジョンはダメだ。攻略できない」
「何いってんだよ!」
「お前もこの部屋に入ったら思い出す。そして俺たちはたぶん、永遠にこれを繰り返すことになる」
そう、全部思い出した。前回もジークと一緒だった。そのとき、もう二度とここへは戻らないようにしようとナイフを太ももに突き立てたのだ。この怪我を負った経緯がこのダンジョンを思い出すための糸口にできるはずだと。
――だが、ダメだった。俺は他のダンジョンを攻略したときに負った怪我だと微塵も疑わなかった。詳細はまったく覚えていないのにもかかわらずだ。
「ジーク、また後でな」
俺は絶望の中、まばゆい光に包まれていた。そしてダンジョンの外へと転送されてしまった。
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