ある日突然、自宅の浴槽に半分だけ転送された男が現れた。彼は微笑みながら、「あと半分、探してくれませんか?」と告げた。「すみません、あと半分を探してもらえますか?」自宅の浴槽から突然上半身だけ現れた男が困った顔で笑っている――。(文字数:)
「#134 失敗したテレポート」
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ちいさな物語
休日の朝、シャワーを浴びようと浴室の扉を開けると、浴槽の中に見知らぬ男の上半身があった。
「すみません、失敗しちゃいまして」
男は申し訳なさそうに笑い、軽く頭を下げた。
「え、えっ? 誰ですか!?」
私は驚いて後ずさったが、男は穏やかな声で続けた。
「いや、実はテレポートの途中だったんですよ。でも途中で通信状況が悪くなって途切れて……下半分がどこか別の場所に行ってしまったようなんです」
浴槽の中には確かに男の上半身しかなかった。
下半身があるべき場所には、ただ透明な水が静かに揺れている。
「そ、それは難儀ですね……」
私はかろうじてそう言ったが、男は慣れた様子でうなずいた。
「最近、多いんですよ。テレポート技術がまだまだ発展途上ですからね。たまにこうなっちゃって。とりあえず、私の下半身を探していただけませんか?」
男の真剣な瞳に圧され、私は戸惑いながらも仕方なく下半身探しを手伝うことにした。
浴室を出てリビングに向かうと、驚いたことに床の上に見知らぬ足が二本、綺麗に揃えて置かれていた。
私は気味悪く思いながらもその足を抱え、慌てて浴室に戻った。
「ありましたよ!」
「いえ、それ、私のじゃないです」
男は困ったような顔をして否定した。
「私のはスラックスに革靴なんです。その足は……女性の足ですよね?」
よく見ると確かに細く、ピンク色のペディキュアが塗られたほっそりときれいな足だった。脱げてしまったハイヒールが床に転がっている。
私は慌てて抱えていた足をおろした。あまりよくないことをしてしまったような気がする。
「他にもテレポートに失敗してしまった方がいるってことですか?」
「ええ、そのようですね。昨夜のニュースでテレポート障害が報告されていましたから、その影響でしょうな。誰しもが自分は大丈夫と思って事故に遭うという典型例です。あ、私のことですけど」
男は浴槽の縁に肘をかけ、落ち着き払っている。下半身がないのにその落ち着きようといったら。こっちの方が心配してしまっている。
その後、寝室やキッチンを探し回った結果、冷蔵庫の裏にスラックスを履いた下半身が押し込まれるように立っているのを発見した。
「これですね!」
私は再び叫んだ。
男は笑顔でうなずいた。
「それです、それ! いやあ、良かった」
私は男の下半身を慎重に抱えて浴室へ運び入れ、上半身の下に丁寧にセットした。
すると男の身体は自然に一つに繋がり、やっと浴槽から立ち上がった。
「本当にありがとうございました」
男は深々とお辞儀した後、胸ポケットから名刺を取り出した。
『時空移動サービス株式会社 営業部主任 田中 一郎』
「もし何かありましたら、ぜひ弊社へ」
言い終えると、田中さんは浴槽の中でスマホをぱぱぱっと操作し、シュンといういかにもな効果音をさせて消失した。
後に残ったのは一枚の名刺と、最初に見つけた女性の足だけだった。仕方なく、私は名刺に書かれた番号に電話した。
「すみません、この女性の足、どうしたらいいと思いますか……」
田中さんはえらく恐縮した様子でこう言った。
「警察に遺失物として報告しておきますので、その、お宅のご住所をお伺いできますか?」
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