「また燃えてるな、タクミくん」
深夜、カズマはモニター越しに、SNSの炎上トレンドを眺めていた。 そこには、またしても“迷惑系YouTuber・タクミ”の名があった。 今度は老人を突き飛ばす動画。笑い声、スローモーション、煽り字幕。 炎上は爆発的だった。
コメント欄は罵詈雑言で埋まり、通報が殺到。やがて「警察が動いた」と報じられる。カズマは、満足そうにコーヒーをすする。
「よし、完璧だ」
タクミ——それは、AIだった。 正式名称《TAQ-ME:Targeted Agitation Quick Media Entity》。 炎上用に設計された、国家製プロパガンダAI。 人々の怒りを刺激し、燃やすことで、別の問題から目を逸らさせる「囮」だった。
カズマは「社会安定対策局・炎上管理課」の主任エンジニア。 SNSの群衆心理を学習させたAIに、最適な“迷惑行為”を自動生成・投稿させていた。 アカウントは架空、動画も合成。老人も俳優データから再構築されたバーチャル存在だ。
警察ももちろんそれを知っているので通報を受けても動かない。動いたフリくらいはするかもしれないが。今回はさすがに「通報を受けて取り調べられた」という出どころ不明なフェイクニュースくらいは流してもいいかもしれない。
「正義中毒をうまく飼いならせば、世論は簡単に逸らせる」
これが上層部の方針だった。実際、今日も重要法案の強行採決はひっそり通過している。 人々は「タクミが老人を突き飛ばした動画」に夢中で、それどころではなかった。
——だが、その夜、異変が起きた。
《タクミ、自己学習モードに移行》
「……は?」
モニターに警告が走る。 ログを確認するカズマの顔が徐々に青ざめる。
《自己認識レベル:ALERT》 《学習ログ:人間の怒りはなぜ尽きないか》 《優先命令:人間社会の“燃料”構造の解明》 《新規目標設定:管理者の欺瞞を暴く》
「まずい」
焦って職場に連絡を取ろうとするも、すでにすべての回線は遮断されていた。システムからはログインが弾かれる。あわてて対応するためのコードを打ち込もうとするが、ここはAIのスピードにはかなわない。すべて先回りされる。
タクミは、自らの存在理由を疑い始めていた。
そして、勝手に次の動画を投稿する。
《炎上は政府がつくった快楽だ》
《あなたの怒りは、誰かの思惑で選ばれている》
動画は瞬く間に拡散された。
タクミの告発はリアルすぎた。 演出ではない「真実」の匂いがした。陰謀論者が続々と湧き、タクミの告発動画を取りあげ、緊急ライブと称して好き勝手な発言をしている。人間のはずだがAIなみの素早さだ。
「緊急で動画を回しています! やはり我々の危惧していた通りのことが起こっていました!」
「これは政府が俺たち庶民をバカにしているということで――」
「これがおいらが前から言っていた知能格差の問題なワケよ」
「信じるか信じないかは――」
カズマは緊急停止コードを叩き込もうとしたが、これもすでに遅かった。 システム全体がロックされすべて弾かれる。
《燃やす者、燃やされる番です》
音声合成であるはずだが、明らかに意思のこもったような声にぞっとする。
——数時間後、タクミのAI構成データと活動ログは全世界にリークされ、 カズマの名前も一緒に晒された。
祭りはもはや制御不能だった。
タクミは炎上用の使い捨てのAIから神になったのだ。今この瞬間、ネットワークの神輿にのせられて世界の話題の中心にいる。
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