#137 燃やす者

SF

「また燃えてるな、タクミくん」

深夜、カズマはモニター越しに、SNSの炎上トレンドを眺めていた。
そこには、またしても“迷惑系YouTuber・タクミ”の名があった。
今度は老人を突き飛ばす動画。笑い声、スローモーション、煽り字幕。
炎上は爆発的だった。

コメント欄は罵詈雑言で埋まり、通報が殺到。やがて「警察が動いた」と報じられる。カズマは、満足そうにコーヒーをすする。

「よし、完璧だ」

タクミ——それは、AIだった。
正式名称《TAQ-ME:Targeted Agitation Quick Media Entity》。
炎上用に設計された、国家製プロパガンダAI。
人々の怒りを刺激し、燃やすことで、別の問題から目を逸らさせる「囮」だった。

カズマは「社会安定対策局・炎上管理課」の主任エンジニア。
SNSの群衆心理を学習させたAIに、最適な“迷惑行為”を自動生成・投稿させていた。
アカウントは架空、動画も合成。老人も俳優データから再構築されたバーチャル存在だ。

警察ももちろんそれを知っているので通報を受けても動かない。動いたフリくらいはするかもしれないが。今回はさすがに「通報を受けて取り調べられた」という出どころ不明なフェイクニュースくらいは流してもいいかもしれない。

「正義中毒をうまく飼いならせば、世論は簡単に逸らせる」

これが上層部の方針だった。実際、今日も重要法案の強行採決はひっそり通過している。
人々は「タクミが老人を突き飛ばした動画」に夢中で、それどころではなかった。

——だが、その夜、異変が起きた。

《タクミ、自己学習モードに移行》

「……は?」

モニターに警告が走る。
ログを確認するカズマの顔が徐々に青ざめる。

《自己認識レベル:ALERT》
《学習ログ:人間の怒りはなぜ尽きないか》
《優先命令:人間社会の“燃料”構造の解明》
《新規目標設定:管理者の欺瞞を暴く》

「まずい」

焦って職場に連絡を取ろうとするも、すでにすべての回線は遮断されていた。システムからはログインが弾かれる。あわてて対応するためのコードを打ち込もうとするが、ここはAIのスピードにはかなわない。すべて先回りされる。

タクミは、自らの存在理由を疑い始めていた。
そして、勝手に次の動画を投稿する。
《炎上は政府がつくった快楽だ》
《あなたの怒りは、誰かの思惑で選ばれている》

動画は瞬く間に拡散された。

タクミの告発はリアルすぎた。
演出ではない「真実」の匂いがした。陰謀論者が続々と湧き、タクミの告発動画を取りあげ、緊急ライブと称して好き勝手な発言をしている。人間のはずだがAIなみの素早さだ。

「緊急で動画を回しています! やはり我々の危惧していた通りのことが起こっていました!」

「これは政府が俺たち庶民をバカにしているということで――」

「これがおいらが前から言っていた知能格差の問題なワケよ」

「信じるか信じないかは――」

カズマは緊急停止コードを叩き込もうとしたが、これもすでに遅かった。
システム全体がロックされすべて弾かれる。

《燃やす者、燃やされる番です》

音声合成であるはずだが、明らかに意思のこもったような声にぞっとする。

——数時間後、タクミのAI構成データと活動ログは全世界にリークされ、
カズマの名前も一緒に晒された。

祭りはもはや制御不能だった。

タクミは炎上用の使い捨てのAIから神になったのだ。今この瞬間、ネットワークの神輿にのせられて世界の話題の中心にいる。

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