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SF

◆第8期惑星歴215年・第3恒星航路41日目

今日、私は地球に降り立った。

この任務に志願したとき、同僚たちは皆、奇異な目で私を見た。

「なぜ、あんな無人の星へ?」

その理由は私にもよくわからない。ただ、“地球”という響きに、抗えない引力のようなものを感じたのだ。

大気はかつての水準に戻されていたが、酸素の割合はやや低い。

緑はほとんど残っておらず、都市の残骸が岩山のように沈黙している。

それでも私は、この星の土を踏みしめる感触に、なぜか懐かしさを覚えた。

私は地球を知らない。だが、体のどこかが知っている気がする。

◆第8期惑星歴215年・第3恒星航路43日目

今日は旧東京圏とされる地帯を専用のマスクを着用して歩いた。

東京は第8期惑星のシン・トウキョウの前身、地球日本国の大都市だが、少し郊外に出ると、何世紀も前の町並みがそのまま残っていた。

コンクリートの柱が立ち並び、今では建てるのにいくらかかるか不明の地球産の木でできた家がある。

デジタルサイネージの前身だろうか。紙がそのまま柱や板に貼られているのが興味深かった。翻訳すると、飲み物の販売や債権について書いてある。

瓦礫と風の音しか聞こえないはずなのに、時折、子どもの笑い声のようなものが耳の奥に届いた。マスクのせいかもしれない。

崩れかけた建物の陰に、保存状態のよい図書館を見つけた。資料として街を保存するために、地表一帯は特殊なガスで満たされているのだが、それにしたってきれいに残っている。

自動扉はすでに機能していなかったが、手であいた。内部は驚くほど整っている。そして紙の本が棚にぎっしりと詰まっていた。

紙の本がめずらしくて、わたしはたっぷり時間を使って棚を見てまわった。そしてテーブルのうえに一冊の絵本が広げて置き去りにされているのを見つける。翻訳してみると――

「ちきゅうのともだち」

表紙に描かれた青い星を、小さな手が包み込んでいる。わたしは物語を翻訳しながら三度読んだ。

何世代も前の子どもが、何を思ってこの本を開いたのだろうか。

◆第8期惑星歴215年・第3恒星航路44日目

今朝、夢を見た。

地球がまだ人であふれていた頃の夢だ。砂浜に親子がいて、都市のビルが光を受けて輝く。サブウェイに大勢の人が乗りこみ、道にガソリン式の旧自動車があふれる。どれも第8期惑星の資料で見たものだ。

私はその風景の中にいて泣いていた。

なぜ泣いていたのか、思い出せない。ただ、胸の奥に何かあたたかいものが灯っていた。かつてここで生まれて、ここで死ぬ人がいたと思うと涙があふれてとまらなかった。

地球には誰もいない。けれど、思い出はいるようだ。人が去っても、この星の時間は、まだここに残っている。

◆第8期惑星歴215年・第3恒星航路45日目

私は調査を終えた。

帰還前、最後に図書館へ立ち寄り、「ちきゅうのともだち」を持ち帰ることにした。

これは明確な違反行為だ。だが私はそれがどうしても欲しくて、あきらめることができなかったのだ。

宇宙船から見下ろした地球は、かつてよりも静かで、そして美しかった。

この星がかつて「ホーム」と呼ばれていたことを、私たちは忘れてはならないと思う。

——地球観測員・レン

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