少女は歩いていた。
街灯の少ない夜道。足音だけが心細く響いていた。
後ろを振り返っても、誰もいない。前に進んでも、何も変わらない。
曲がり角を三回曲がれば元の道に戻るはず。けれど、五回でも十回でも、少女は同じ街角へ戻ってきた。
「ここ……どこ?」
自分の声が、異様に大きく跳ね返ってくる。
立ち止まったそのとき、道端に一軒の古びた屋台が現れた。
「焼きトウモロコシ、いかがです?」
屋台の主は、顔がなく、代わりに笑っている仮面をつけていた。
怖くて逃げようとしたが、足がすくんで動けない。
「ここはね、歩き続ける者のための道なんですよ」
仮面の男はそう言って、トウモロコシを渡してきた。受け取ると、なぜか胸が少しあたたかくなった。
次に出会ったのは、犬の頭に人の体、赤いマントを羽織った紳士だった。
「君は何を探しているのかね?」
「家に帰りたいの」
「本当に? それだけ?」
その問いに、少女はうまく答えられなかった。
しばらく歩くと、夜道の中央に、ひとりの老婆がしゃがみこんでいた。
「お嬢ちゃん、寂しいのかい?」
少女は思わず頷いてしまった。「寂しい」なんて言ってはいけないのに。
「そうかいそうかい。でも、その『寂しさ』は誰かに見つけてほしいのかい、それとも、忘れてしまいたいのかい?」
少女は、ようやくわかった。
彼女は「帰り道」が欲しかったのではなく、誰かに気付いて欲しかったのだ。
その瞬間、道の先の闇から光が差した。その先に見慣れたアパートの玄関が見える。
少女は走った。すれ違った誰かの声が背中を押してくれる。
「ただいま」と口にしたとき、誰もいないリビングが静かに迎えてくれる。テーブルの上にはラップのかかった食事と短い置き手紙。
けれどその静けさはもうただの「寂しさ」ではなかった。
あの夜道の不思議な誰かたちが、少女の中にひとつずつ、言葉を置いていったからだ。
少女は布団に入り、ひと息ついた。
「また、あの道に会えるかな」
夜は深く、やさしく続いていた。
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