#143 どこまでも続く夜道で

ちいさな物語

少女は歩いていた。

街灯の少ない夜道。足音だけが心細く響いていた。

後ろを振り返っても、誰もいない。前に進んでも、何も変わらない。

曲がり角を三回曲がれば元の道に戻るはず。けれど、五回でも十回でも、少女は同じ街角へ戻ってきた。

「ここ……どこ?」

自分の声が、異様に大きく跳ね返ってくる。

立ち止まったそのとき、道端に一軒の古びた屋台が現れた。

「焼きトウモロコシ、いかがです?」

屋台の主は、顔がなく、代わりに笑っている仮面をつけていた。

怖くて逃げようとしたが、足がすくんで動けない。

「ここはね、歩き続ける者のための道なんですよ」

仮面の男はそう言って、トウモロコシを渡してきた。受け取ると、なぜか胸が少しあたたかくなった。

次に出会ったのは、犬の頭に人の体、赤いマントを羽織った紳士だった。

「君は何を探しているのかね?」

「家に帰りたいの」

「本当に? それだけ?」

その問いに、少女はうまく答えられなかった。

しばらく歩くと、夜道の中央に、ひとりの老婆がしゃがみこんでいた。

「お嬢ちゃん、寂しいのかい?」

少女は思わず頷いてしまった。「寂しい」なんて言ってはいけないのに。

「そうかいそうかい。でも、その『寂しさ』は誰かに見つけてほしいのかい、それとも、忘れてしまいたいのかい?」

少女は、ようやくわかった。

彼女は「帰り道」が欲しかったのではなく、誰かに気付いて欲しかったのだ。

その瞬間、道の先の闇から光が差した。その先に見慣れたアパートの玄関が見える。

少女は走った。すれ違った誰かの声が背中を押してくれる。

「ただいま」と口にしたとき、誰もいないリビングが静かに迎えてくれる。テーブルの上にはラップのかかった食事と短い置き手紙。

けれどその静けさはもうただの「寂しさ」ではなかった。

あの夜道の不思議な誰かたちが、少女の中にひとつずつ、言葉を置いていったからだ。

少女は布団に入り、ひと息ついた。

「また、あの道に会えるかな」

夜は深く、やさしく続いていた。

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