「また本が動いてる……」
夜勤の警備員になって三日目、私は震えながら監視モニターを指差した。
画面に映るのは閉館後の公共図書館。暗闇の中、棚から本が静かに抜け出し、ひとりでに別の場所へと動き始めている。
誰もいないはずなのに。
数日前から、この図書館では奇妙な現象が起きていた。毎朝開館すると、本が勝手に位置を変えているのだ。
それも適当にではなく、まるで誰かが整理しているかのように綺麗に並べられている。この図書館では本の整理は開館中と開館前の朝に行っている。会社勤め人のために閉館の時間を遅くしている関係だ。
司書たちは怯えて、夜間の監視を期間限定で当社に依頼してきたのだった。
「これは――幽霊? いや、まさか」
疑問を抱きながら、私は翌日の夜も監視を開始した。すると午前二時を過ぎた頃、画面に『それ』が映った。
棚の隙間から伸びた白く細い手が、本を丁寧に取り出し並べ替えているのだ。
私は急いで現場へ向かった。
懐中電灯を照らしながら、静まり返った書架の間を慎重に進む。しかし現場には誰もいない。
だが、私の足元に一冊の本が落ちていた。古い貸出記録帳だった。
恐る恐るページをめくると、ある担当者の名前が頻繁に出てくる。それは『宮本静江』という女性司書だった。翌日、古株の司書に話を聞くと、その表情がにわかに曇った。
「静江さん……ね。仕事熱心で本を心から愛する方だったのよ。でも亡くなったわ、ここで仕事中に倒れて」
私の背中を冷たい汗が伝った。その晩も私は監視室で画面を見つめていた。やがて本を並べる白い手が現れ、ちらちらと瞬くように動き出した。勇気を振り絞り、私は館内放送のマイクを握る。
「宮本さん、あなたなんですね?」
その瞬間、画面の動きが止まった。そしてゆっくりと手がこちらを向き、監視カメラに向かって手招きをする。
――『こっちに来て』というように。
ぞっとしたが、意を決して書架へと向かった。
暗がりの中、一つの本棚の前に立つと、目の前で本が勝手に抜き出され床に落ちた。拾い上げると、それは古い日記だった。日記にはこう書かれていた。
『私は本を愛しているからここにいるわけではありません。ここの本たちが、私の代わりが来るまでは解放しないと言っているのです。』
背後に気配を感じ振り返ると、青白い顔をした女性が微笑んでいた。
「見つけた」
私は一目散に部屋に駆け戻った。その夜の出来事をそのまま報告書にまとめ、監視業務を終わらせてもらうことにする。
契約の期間がまだ残っていたが、全額返金をしてでも契約を解除したかった。
それ以降、あの図書館を訪れていない。しかし今でも時折、夢の中であの女性が囁くのだ。
「ずっと待っています」と――。
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