#145 星を繋ぐ糸電話

SF

ある夜、庭で星空を眺めていると、ふと空から何かが落ちてきた。地面に落ちたのは、懐かしい紙コップの糸電話。

だが、その糸は細く光り輝き、どこまでも空に向かって伸びているように見えた。

「何だろう、これ?」

私は不思議に思いながらも耳元にコップを当ててみた。すると、かすかに声が聞こえてきたのだ。

「……聞こえますか?」

私は驚き、思わず叫んだ。

「聞こえ……ます、けど、これは一体……?」

私は光る糸の先を見つめる。それは夜空の彼方に伸び、どこに繋がっているのか見ることはできなかった。相手はやや緊張を含んだ声で答えた。

「私はスファイラ星という星から話しています。やっと周波数が合いました。地球……ですよね」

驚きながらも興奮を抑えきれない。今、自分は宇宙人と話しているのだろうか。普通なら信じないが、空から降りてくる光る糸という神秘的な光景がそれを信じさせていた。

私は「宇宙人に会ったら聞きたいこと」の定番のような質問をいくつも投げかけた。スファイラ星人は丁寧に答えを返し、宇宙のことや彼らの暮らしを教えてくれた。

糸電話には翻訳の機能がついている。どうやら翻訳不可能な言葉はそのまま流れてくるらしい。不思議なメロディのような音……これがスファイラ星人の生の声のようだった。

話をしているスファイラ星人の名前を聞いた時もそのメロディのような音がした。地球人には発音できないらしい。試しに私も名乗ってみた。すると「ごめんね。よくわからない」と申し訳なさそうな声がした。

次の日から、私は毎晩糸電話を握ってスファイラ星人と対話した。昼間は見えないが、夜になると糸電話が現れる。彼らは地球のことも知りたがり、私は知る限り人間のことを説明した。しかし、次第に彼らの質問が深刻なものになっていく。

「地球ではなぜ人が争うのですか? 『愛』というのはどこかへ消えたのですか?」

その問いに、私は言葉を失う。地球では家族や友達や恋人が『愛』という感情で繋がっているという説明をした後だった。地球では戦争や貧困が日常茶飯事だ。

六人たどれば世界中の人と繋がれるという「六次の隔たり」という考えもある。にもかかわらず争いが絶えないのだから、スファイラ星人が疑問に思うのも無理はない。私は悲しみながら告げた。

「私も分かりません。でも、私たちは愛を忘れたわけじゃありません。きっといつか愛の大切さを思い出すときが来るんだと思います」

その夜を境に、スファイラ星との交信が途絶えた。私は毎晩糸電話を耳に当て続けたが、声は届かない。

争いをやめない人間に失望してしまったのかもしれない。私はがっかりして声のしない糸電話を見つめた。

ある夜、突然また声が響いた。

「地球の人? 聞こえますか?」

喜びと驚きで私は叫んだ。

「はい、ずっと待ってました!」

しかし、それは以前とは違う宇宙人だったようだ。

「私はケルマド星人です。あなた方地球人の話をスファイラ星人の知人から聞きました。ケルマド星にも『愛』に似たものがありますが、私たちの星でも争いが絶えません。どうすれば『愛』を取り戻せるか一緒に考えませんか」

私は胸が痛んだ。私には争いを止める方法などまったく思いつかない。一緒に考えるも何もアイディアひとつ浮かばなかった。――だが、私は勇気を出して答えてみる。

「私は――うん、まずは、お互いの声を聞くことが大事、だと思います。こうやって、糸電話で話すみたいに。お互いを知れば――きっと愛することができるんじゃないでしょうか」

沈黙の後、ケルマド星人が静かに言った。

「――ありがとう。私たちももう一度、互いの声を聞くことから始めます」

その後、再び糸電話は静まり返った。

それから私は毎晩糸電話を耳に当て、宇宙に向かって呼びかけ続けるようになった。

「聞こえますか? 地球は今日も平和ではありません。争いは続いています。それでも私はまだ『愛』が戻ることを信じています」

返事がなくてもいい。私の言葉は少なくとも私の中に届いている。その言葉がいつか私に行動を起こさせるだろう。私は今夜も星を繋ぐ糸電話を握りしめる。

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