#146 夢渡りさん

ちいさな物語

「昨日さ、不思議な夢を見たんだよね」

カフェで向かい合った友人のミサキがそう話し始めた。

「どんな夢?」

僕が尋ねると、ミサキは興奮したように身を乗り出す。

「なんか知らない街で、背の高い男に会ったんだけど。そいつが言うの、『君、またここに来たね』って。すごいリアルな感じの夢で――」

僕は思わずコーヒーカップを落としそうになった。なぜなら、僕も昨日、同じような夢を見ていたからだ。

「その男って……細身で黒い帽子をかぶってて、いつも笑顔の……?」

僕がそう言うと、ミサキは驚いて目を丸くした。

「え、まさにその通り! ちょっとカッコイイ人。もしかして同じ夢?」

僕らはさらにお互いの夢の詳細を照らし合わせてみた。そして夢の中の視点は少し違うものの、出会った男は同一人物である可能性が高いと判断する。

「あー、もしかして、最近そういう人物が出てくるドラマとか映画とかがあった?」

なるほど。偶然同じコンテンツを視聴してその印象のせいで同じような夢を見た可能性はある。

僕とミサキはお互い最近見たものを挙げていったが、どうも該当するものがない。

思い出せないだけかもしれないとネットで検索をしてみる。すると僕たちはSNSで驚きの発見をした。

「ねぇ、これ!」

ミサキが見せたスマホの画面にはSNSの『また黒い帽子の男の夢を見たんだけど。同じ人の夢を繰り返し見るのにその人のことを全然知らないって、何かあるのかなぁ』と投稿されていた。その投稿に同じ人物の夢を見たかもしれないというコメントが次々と寄せられていたのだ。

『私も同じような夢をよく見ています。黒い帽子で。なんか笑顔の』
『同じ人なのかは自信ないけど、私も黒い帽子の知らない男の人の夢を最近よく見るんです』

これがただの偶然ではないと確信した僕らはその男を『夢渡りさん』と呼び、調べてみることにした。

しかし『その人の夢を見ました』という証言は多くても、詳細について語っている人はネット上には皆無だった。

そんなある晩、僕の夢に再び夢渡りさんが現れた。僕は古びた図書館に立っている。夢渡りさんはやはり笑顔で僕に挨拶をした。

「やあ、また会ったね」

「あなたは一体誰なんですか? どうしてたくさんの人の夢を渡り歩いているんです?」

男は静かに微笑んだまま答えた。

「僕はただ必要なときに、必要な場所にいるだけさ」

それを聞いた僕は混乱した。

「人の夢に現れるのが必要なのですか?」

すると男はゆっくりと帽子を取って、図書館の古い椅子に腰掛ける。

「君は集合的無意識って知っているかい?」

男の言葉に僕はぽかんと口をあけてしまった。

「難しい話じゃない。人間はみんな最初から夢でつながっているんだ。『夢で』というのはちょっとわかりやすくしすぎているかもしれないな。みんな、自分は自分だと思っているかもしれないが、実はひとつにつながっている。僕はその中を渡って不具合を調査しているだけさ。まぁちょっと、最近は表層の方に出すぎてしまってはいるけども。今、不具合が起きているのはその辺が多いからね」

男はなんだか寂しそうな顔をして答えた。

「その不具合というのは一体……」

僕はまったく意味がわかっていなかったが、不穏な話につい不安になってしまう。

「ごめんごめん。心配になるよね。君は別に気にしなくてもいいんだ。そのために僕がいる」

男はゆっくり微笑んでトレードマークの黒い帽子をかぶる。

「ひとつヒントを言っておくよ。君たちは少しずつ、少しずつ、外側へ行こうとしている。さっきも言ったように本当はみんなひとつに繋がっているのにもかかわらず、外へ引っ張ろうとすると何が起こると思う? 不具合というのはそういうことさ。たまには立ち止まって深呼吸をしてごらん。自分の心の奥の、奥の、もっとずっと奥、深海にまで潜るような気持ちで」

そう言って男は席を立ち、笑って手を振った。

翌日、ミサキに夢でのことを話した。するとミサキはその場で目を閉じて深呼吸をする。

「なんか――わかんないけど、わかる気がする、かも」

「僕も……そう思ったよ」

僕も一緒にその場で目を閉じて深呼吸をした。夢渡りさんの笑顔を見たときのようにほっと落ち着くような感じがした。

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