我が国のプリンセス、アンジェリカ姫には大きな秘密があった。
そう、彼女は熱烈な「輝きの聖騎団」の追っかけ――いや、輝きの聖騎団の熱心な信徒なのだ。
今日も姫様は鏡の前で変装に余念がない。侍女が悲痛な声で叫ぶ。
「姫様、お願いですから、推し活で城を抜け出すのはおやめくださいませ。危険でございます」
姫様はお構いなしに鼻歌まじりで言う。
「今日は推しの握手会なのよ? 行かないなんて人生の半分を失うようなものだわ!」
「その台詞、前回も聞いております。姫様に何かあれば、私はこれからの人生のすべてを失います」
城の裏門を抜けるのもお手の物。ぼろぼろの衣装を身にまとい、わざと顔にすすを塗って汚した姿は一国の姫には見えない。
事実、姫様の「推し事技能」は達人の域に達していた。
彼女が心酔しているのは、地下魔導劇場を活動の拠点にする――その名も輝きの聖騎団。姫様曰く「このアングラ感、絶妙な庶民感がたまらない」らしい。世界中のイケメン紳士に丁重に扱われる姫様にとって、逆に誰かを「推す」ことはたまらなく刺激的な経験だった。
地下魔導劇場に到着すると、姫様の雰囲気は一変。最前列に陣取り、推しのカイト騎士の聖なる色に輝く魔法光棒を力強く振る。
「カイト殿ー! 婚姻を申し込みたいですわー!」
国を揺るがす問題発言を大声で叫ぶ。
ところがこの日、思わぬ出来事が起こる。劇終了後の握手会で姫様の前に現れたのは、なんと王宮の侍従長、ベンジャミン――が、庶民のような服装でそわそわと列に並んでいる姿だった。いくら粗末な服を着ても立派なヒゲがそのままで違和感しかない。いや、ここならギリコスプレで通るか?
ふたりは目を合わせる。
「ベンジャミン……?」
「ひ、ひ――?」
さすがに「姫様」と呼んだらまずいと気づくベンジャミン。口をぱくぱくとさせて、立ち尽くす。
その場に走る、言葉にならない沈黙。
「お願い! パパには内緒にして」
「こんな危険なことを! さすがにそれはできかねます!」
詰め寄るベンジャミンの懐から輝きの聖騎団のグッズがこぼれ落ちる。いや、あの堅物のベンジャミンも騎士団信徒!?
「あんたも推してるじゃないの!」
姫様が詰め寄ると、ベンジャミンは照れ笑いを浮かべた。
「推し事は……生きる糧にございますゆえ!」
意気投合したふたりは、聖なる握手券を手に行列を進む。
しかし翌日、姫様の部屋を警護する衛兵が二倍に増えていた。
「裏切ったわね。ベンジャミン」
姫様はさらに「推し事技能」を高めるべく日々邁進している。
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