#152 消えた親友

ちいさな物語

それは雨の日曜日だった。

大学に合格し、春から一人暮らしをすることになった。そのための部屋の片付けをしていた僕は、ふと昔のアルバムを手にする。写真の中には、小学生の頃の僕が満面の笑みを浮かべている。

写真の中で僕は知らない少年と楽しげに肩を組んでいた。

おや、誰だったっけ?

初めは遠い親戚か何かだと思ったが、別のページにもその少年は何度も登場している。遠足の日、運動会、卒業式……。どの写真でも僕の隣にいて、親しげに笑っている。

胸がざわついた。こんなに一緒に写真を撮っているのだから、親しい間柄であるはずなのに、僕はその顔にまったく見覚えがないのだ。

次第に僕は不安に駆られて、アルバムをめくる手が震え始めた。写真を遡るうちに、あるページの隅に名前が書いてあることに気付いた。

『僕とケイタ。親友。』

ケイタ。親友?

その名前を見た瞬間、胸の奥が強く締め付けられた。アルバムを辿るほど、彼がいかに大切な友達だったかが明らかになる。

二人で虫取りをした日、川で魚を釣った日、夏祭りで綿菓子を頬張った日。

しかし、なぜか中学校以降、ケイタは写真から姿を消していた。

もう一度確認しようと、最初からアルバムをめくる。すると……、まるで「見つかった!」とでもいうように、ゆっくりとケイタと思われる男の子の姿だけが写真から消えていく。

「え? 嘘だろ?」

どうして消えていくのか。彼は誰なんだろう。

僕はアルバムからケイタが全部消える前にと、あわてて母の元に走った。

「ねえ、このケイタって子、誰だっけ?」

母は写真を確認するなり、驚いたように僕を見る。

「何言ってるの? ケイタ君はあなたの一番の友達だったじゃない」

母は僕の正気を疑うかのように、困惑した表情をしている。僕はさらに混乱した。

「あの子は……病気で亡くなったでしょ。あなたが中学生になったばかりの頃。ねぇ、――大丈夫?」

聞いた途端、頭が割れそうなほど痛み、記憶が一気に蘇ってきた。

ケイタの笑顔、声、仕草……。

それらが鮮やかに蘇り、僕はアルバムを抱えて自室に戻った。

その頃にはアルバムの中からケイタがすべて消えていた。僕は一人で笑っている写真ばかりのアルバムをそっととじる。

なぜ忘れていたのか。母が心配するのも無理はない。きっと当時、ショックが大きすぎて頭が変になったんだ。だけどそれだけでは説明がつかない。

写真から彼が消えていった理由は何だったのか。

数日後、僕はケイタの家を訪ねた。そこにはケイタの母親が一人で暮らしている。彼女は僕を見るなり、なつかしそうに目を細めた。

「ああ、久しぶりね……ケイタのことを思い出すわ。あの頃はケイタがあなたのこと、毎日のように話してたのよ」

「急にすみません。僕、春から一人暮らしをするんです。それで、部屋を片付けていたらケイタのことを思い出して――、ケイタのアルバムも見せてもらえませんか?」

彼女は快く僕を家に招き入れ、アルバムを見せてくれた。

ところが、そのアルバムも開いた途端にゆっくりとケイタの姿が薄れ、最終的にはいなかったかのように姿を消した。僕ら二人は絶句し、それを見守ることしかできなかった。

何らかの不可思議な力が働き、彼の存在が少しずつ消されていったのだ。僕が家を出る時、ケイタの母親が静かに言った。

「あの子がそう望んだのかもしれない。大切な人たちが自分のことでずっと悲しむのを見たくなかったのかも」

それを聞いて僕は人前にも関わらず泣いてしまった。

ケイタは自分の死によって、僕や周りの人たちを悲しませたくなかったのか。

帰宅後、僕は自分のアルバムに一枚の写真を挟んだ。空白になったケイタの写っていた場所に、「親友ケイタ」と書き添えて。もう絶対に忘れない。

消えたとしても、記憶の底に沈んだとしても、彼は僕にとって永遠に親友だ。

その夜、夢の中にケイタが現れた。

「忘れてくれてよかったのに」

「……写真、返せよ」

「……言うと思った」

僕らは子供の頃のように笑い合い、懐かしい日々がもどったかのようだった。

目覚めた時、頬に涙が伝っていた。

あわててアルバムを確認する。やはり彼の姿は消えたままだ。やっぱり夢は夢かと、がっかりしたとき、はらりと一枚の写真が落ちてきた。

昨日挟んだ「僕の親友ケイタ」と書き込んだ写真だ。見るとその文字の下にケイタの姿が戻っていた。

わざわざ書き込みをしてしまった写真だけ戻さなくてもいいのに。意地が悪いなと思って、何だか笑えてきてしまった。

たとえ彼が望んだとしても、僕はもう二度と、彼のことを忘れないだろう。

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