僕は魔王の城への案内人だ。
物心ついたときには、すでにそういう『設定』だった。僕は城の入り口で冒険者を待ち、魔王のもとへ案内する。
「ここから先は危険ですよ。引き返すなら今のうちです」と、声をかけても、大抵は聞いてもらえない。命を賭して、ここまで来た猛者たちだ。たかが案内人にそんなことを言われても、引き返すわけがない。
でも、その人たちがほとんど戻ってこないことを僕は知っている。だって、この城の奥には魔王が待ち構えているから。魔王を倒せるのは勇者だけだ。
僕の心には、これまで導いてきた無数の冒険者たちの顔が焼きついている。恐怖に震えながらも誇らしく前へ進んだ若い剣士。誰かを守るために涙を隠して立ち向かった魔法使いの少女。家族への手紙を僕に託した老いた騎士。
誰もが懸命に生きていて、その命を輝かせながら消えていった。僕はそのたびに胸が痛む。 だけど、これは僕の「設定」だから変えられない。僕に許された行動は「案内すること」だけ。
そのために僕には半永久的な命が与えられている。年も取らないし、死ぬこともない。いつからここにいるのかも分からないほどの長い時間、僕は勇者が現れる日をただ待ち続けている。
ある時、僕はひとりの冒険者に尋ねられた。
「君はなぜここにいる?」
僕は淡々と答えた。
「僕の役目は魔王の城に冒険者を案内することです。それ以外のことはわかりません」
すると冒険者は不思議そうに言った。
「設定って何だ? 君には君の意志がないのか?」
その問いに僕は答えられなかった。僕は意志を持っているのだろうか。案内人という設定に従っているだけで、自分の意志を考えたことなど一度もなかった。
それからもたまにそういった問いを投げかけられた。僕は少しずつ、自分の存在に疑問を抱くようになった。
もし僕に本当の意志があるのなら、僕は何を望むだろうか。
それはたぶん、「本当の勇者に会いたい」ということだ。それは僕の設定ゆえの望みなのか、本当の、意志から生まれた望みなのか、判断はつかない。
勇者が現れて魔王を倒せば、この設定も、悲しい役目も終わるかもしれない。いや、もしかしたら役目をなくした僕は消えてしまうのかもしれない。
そんなある日、僕の前に四人の冒険者がやってきた。他の冒険者とは何かが違う。みな目はまっすぐで、自信と謙虚さの両方を感じさせた。
僕はいつもの言葉を口にする。
「ここから先は危険ですよ。引き返すなら今のうちです」
冒険者の中のエルフが前に進み出る。
「覚えてませんか。私はあなたに会ったのは三度目です」
確かに見覚えがある。エルフは長命なのでそういうこともあるのだろう。
「私は勇者のことを本当に長い間、研究してきたのです。そして今回三度目の挑戦です」
なぜそんなことを僕に言うのだろう。何を言われても僕のセリフは決まっている。
「――そうですか。では、ご武運を」
そのエルフは意味ありげな表情で僕をじっと見てうなずいた。
結局、その冒険者たちも魔王に負けてしまった。あのエルフがたった一人、満身創痍で引き返してくる。確かに前も同じような光景を見た気がした。
「大丈夫ですか。魔王から三度も逃げおおせるなんてたいしたものです」
僕はセリフ以外の言葉を口にした。エルフは驚いたように僕を見上げる。
「私は、本当の、勇者を、見つけるまで……何度でも、ここに戻る」
息も絶え絶えといった様子のエルフに僕は手を添えた。温かな血液が腕を伝う。
「一つ、私の仮説を聞いてほしい。魔王と戦う前にあなたに会った。そのとき思いついたんだ」
なぜか胸が大きく跳ね上がった。
「勇者は、あなたなんじゃないかって」
「――どうして、そんな風に思うんですか?」
「どうして? 勇者がどこにもいないからさ。私は本当に長い間、勇者を探して旅をしてきた。書物もたくさん当たった。でもこの様だよ。この世界で勇者と魔王は対だ。存在しないなんてことは絶対にあり得ない。それに勇者は黙っていても多くの人の目に残り、強い印象を残す。でも、勇者を見た人のほとんどが死んでしまっていたら? 思い返してみたら、私はただ一言二言、会話しただけのあなたのことがずっと心に残っていた。それは魔王を前にした興奮でそうなっていたのだろうと思っていたが、そうじゃないかもしれない」
「ずいぶんと壮大な消去法ですね」
僕は生まれて初めて軽口をたたいた。なぜか心がしんと静まっている。
「一緒に行きませんか。魔王を倒しに」
傷だらけのエルフが腕の中で震える。僕はゆっくりと息を吸った。
「そうですね。どちらに転んでも僕は僕のこの『設定』を終わらせられる」
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