#154 マルチ勧誘VS結婚詐欺師

ちいさな物語

ネットで出会ったその女性は、僕にとって理想のターゲットに思えた。

実際にカフェで会ってみるとその予想は確信に変わる。

美人だが地味な服装で、世間知らずそうなふわっとした笑顔。人当たりがよく、押しに弱そうだ。マルチ勧誘を生業にしてきた僕の直感が、迷いなく「もらった!」と、反応した。

「よければ、今度私の先生にあたる方のセミナーに参加しませんか?」

すると彼女は、小鳥のように軽やかに笑い返した。

「素敵。ちょうど私も、将来について考えていたところなんです」

僕は心の中でガッツポーズを決めた。

――この女性なら簡単に取れるぞ。

しかし彼女もまた、僕を見つめながら静かに別の計画を練っていたことに、この時はまったく気づかなかった。

彼女はさりげなく、薬指に視線を落としながらため息を漏らした。

「実は私、最近大きな別れがあって……心の支えになるような、信頼できる方を探しているの」

その儚げな表情に、僕は思わず目を輝かせた。信頼と承認を求めるタイプほど、勧誘には最適だ。

「あなたの気持ち、よく分かります。信じられる人に巡り合うのって難しいですよね。でも一人の人にすべてを依存するのは不安ではないですか。もしセミナーが気に入れば、一緒にお仕事をしませんか? たくさんの仲間たちがいますよ」

そんな言葉を囁きながら、僕はセミナー資料をそっと彼女に手渡した。

だが、彼女の次の一言がますます僕の期待を高まらせた。

「副業というものですか? とても興味があるんですが、私、全然詳しくなくて……そのセミナーで教えてくださるんです?」

――反応がよすぎて怖いくらいだ。

けれど一方で、僕の頭の片隅に小さな警告音が鳴り始める。あまりに話がうますぎる。

「ぜひ僕にお任せください。いやあ、インターネットであなたのような意識の高い女性に出会えるなんて、これも時代ですね」

すると、彼女の方も目を細めて微笑んだ。

「ええ。私もそう思っていたんです。あなたのように素敵で、気の合う男性は、なかなか現実に出会えませんから。普段はどんなことをされているんですか?」

妙にこちらを持ち上げてくる。やはり何かがおかしい。普通の男ならここで調子に乗って仕事の自慢話やら、過去の武勇伝やら、どんどん話してしまうだろう。実際、今、ちょっと話したくなっている。これは探りを入れた方がいいか。

それからお互い、絶妙な距離感を保ちつつ会話が進む。だが、話せば話すほど――いい気分になってくる。

この女、――結婚詐欺師だ。

しかもかなりの使い手。さりげなく資産額を確認されてようやく確信した。

そしておそらく向こうもこちらの正体に気づいている。

まるでチェス盤の上で慎重に駒を動かすように、一手ずつ、相手がボロを出すのを誘うように会話を進める。

そして、彼女がチェックメイトとばかりに言葉を放った。

「実は私、以前も似たようなセミナーのお誘いを受けたことがあるの。それ、『マルチ商法』というものでした」

妙な緊張感が、テーブルを挟んで広がる。

「――ずるいですよ、それは」

僕は思わず吹き出した。

「だって、これ以上お話しする意味があるかしら。こんなの、勝負なんてつかないわよ」

彼女も笑い出す。

「……勝負はついたかもしれませんよ」

僕の言葉に彼女の笑顔が一瞬固まる。

「あら……それ、どういう意味?」

「さあ。ご自分で考えてください。セミナーに来てくださるお約束ですからね。時間を決めましょう」

彼女は困惑したように眉をひそめる。

「悪いけど、私……」

僕はそれを遮るように言葉を重ねた。

「約束は約束です。なんならセミナーでなくても結構です。いいレストランを知ってるんですよ」

「それって……口説いているんですか?」

彼女は笑いをこらえるような表情をする。

「ええ、そのとおりです。今日のところはあなたの勝ちということになりますね」

「今日のところは?」

「僕からお金を引っ張って逃げられると思っていますか。正直、かなり厳しいですよ」

今度こそ彼女は盛大に笑い声をあげた。

インターネットでの出会いも、案外悪くないかもしれない。

さて、僕のトーク技術で敏腕結婚詐欺師を籠絡することは可能なのか。これは長い勝負になりそうだ。

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