ネットで出会ったその女性は、僕にとって理想のターゲットに思えた。
実際にカフェで会ってみるとその予想は確信に変わる。
美人だが地味な服装で、世間知らずそうなふわっとした笑顔。人当たりがよく、押しに弱そうだ。マルチ勧誘を生業にしてきた僕の直感が、迷いなく「もらった!」と、反応した。
「よければ、今度私の先生にあたる方のセミナーに参加しませんか?」
すると彼女は、小鳥のように軽やかに笑い返した。
「素敵。ちょうど私も、将来について考えていたところなんです」
僕は心の中でガッツポーズを決めた。
――この女性なら簡単に取れるぞ。
しかし彼女もまた、僕を見つめながら静かに別の計画を練っていたことに、この時はまったく気づかなかった。
彼女はさりげなく、薬指に視線を落としながらため息を漏らした。
「実は私、最近大きな別れがあって……心の支えになるような、信頼できる方を探しているの」
その儚げな表情に、僕は思わず目を輝かせた。信頼と承認を求めるタイプほど、勧誘には最適だ。
「あなたの気持ち、よく分かります。信じられる人に巡り合うのって難しいですよね。でも一人の人にすべてを依存するのは不安ではないですか。もしセミナーが気に入れば、一緒にお仕事をしませんか? たくさんの仲間たちがいますよ」
そんな言葉を囁きながら、僕はセミナー資料をそっと彼女に手渡した。
だが、彼女の次の一言がますます僕の期待を高まらせた。
「副業というものですか? とても興味があるんですが、私、全然詳しくなくて……そのセミナーで教えてくださるんです?」
――反応がよすぎて怖いくらいだ。
けれど一方で、僕の頭の片隅に小さな警告音が鳴り始める。あまりに話がうますぎる。
「ぜひ僕にお任せください。いやあ、インターネットであなたのような意識の高い女性に出会えるなんて、これも時代ですね」
すると、彼女の方も目を細めて微笑んだ。
「ええ。私もそう思っていたんです。あなたのように素敵で、気の合う男性は、なかなか現実に出会えませんから。普段はどんなことをされているんですか?」
妙にこちらを持ち上げてくる。やはり何かがおかしい。普通の男ならここで調子に乗って仕事の自慢話やら、過去の武勇伝やら、どんどん話してしまうだろう。実際、今、ちょっと話したくなっている。これは探りを入れた方がいいか。
それからお互い、絶妙な距離感を保ちつつ会話が進む。だが、話せば話すほど――いい気分になってくる。
この女、――結婚詐欺師だ。
しかもかなりの使い手。さりげなく資産額を確認されてようやく確信した。
そしておそらく向こうもこちらの正体に気づいている。
まるでチェス盤の上で慎重に駒を動かすように、一手ずつ、相手がボロを出すのを誘うように会話を進める。
そして、彼女がチェックメイトとばかりに言葉を放った。
「実は私、以前も似たようなセミナーのお誘いを受けたことがあるの。それ、『マルチ商法』というものでした」
妙な緊張感が、テーブルを挟んで広がる。
「――ずるいですよ、それは」
僕は思わず吹き出した。
「だって、これ以上お話しする意味があるかしら。こんなの、勝負なんてつかないわよ」
彼女も笑い出す。
「……勝負はついたかもしれませんよ」
僕の言葉に彼女の笑顔が一瞬固まる。
「あら……それ、どういう意味?」
「さあ。ご自分で考えてください。セミナーに来てくださるお約束ですからね。時間を決めましょう」
彼女は困惑したように眉をひそめる。
「悪いけど、私……」
僕はそれを遮るように言葉を重ねた。
「約束は約束です。なんならセミナーでなくても結構です。いいレストランを知ってるんですよ」
「それって……口説いているんですか?」
彼女は笑いをこらえるような表情をする。
「ええ、そのとおりです。今日のところはあなたの勝ちということになりますね」
「今日のところは?」
「僕からお金を引っ張って逃げられると思っていますか。正直、かなり厳しいですよ」
今度こそ彼女は盛大に笑い声をあげた。
インターネットでの出会いも、案外悪くないかもしれない。
さて、僕のトーク技術で敏腕結婚詐欺師を籠絡することは可能なのか。これは長い勝負になりそうだ。
コメント