最初に「編みもやし」を見たのは、テレビの料理番組だった。
「今、大流行の編みもやし! もやしを編んで料理すると、驚きの食感に!」
そう言いながら、司会者が皿を掲げた。画面には、見たこともない奇妙な料理が映し出される。細いもやしが編み込まれ、綺麗な網状になっていた。編んでパリパリに焼かれたもの、いかだのようにスープに浮かべたもの、編んで隙間にひき肉を詰めオーブンで焼いたもの——どれも美味しそうに見えるが……なんで編んであるんだ。
半信半疑でスーパーへ向かうと、すでにもやしの棚は空っぽ。客たちが「どこかにもやしがあるはず」と躍起になって探していた。
そこへバックヤードからもやしを満載した台車が現れる。まるでアイドルに群がる若い女の子たちのように、客が台車に走り寄った。
一応、台車に近寄ってみたものの、あまりの人だかりになすすべもない。ところがぽんっと一袋、はじき出され、奇跡的に足元に落ちる。
なんとなくそのもやしを買い、家に帰って編んでみた。
編むのは意外と難しかった。もやしは折れやすく、絡めてもすぐほどける。試行錯誤しながらようやく編めたものを炒め、口に運ぶ。
——驚いた。
シャキシャキした食感に加え、かすかに感じる甘み。普通のもやしとはまるで違う……気がする。
翌日、SNSには「編みもやし大成功!」「人生変わる!」という投稿が溢れていた。どの投稿にも、光沢を帯びた美しい編みもやしの写真が添えられている。
やがて街には「編みもやし専門店」が次々と登場。学校の給食にも採用され、高級フレンチレストランのシェフが「編みもやしだけのコース料理」を発表した。編みもやし検定、編みもやし職人、編みもやしアート——気づけば、編みもやしは社会現象になっていた。
ある日、ニュースが報じた。
「本日未明、編みもやしを編めなかった男性が暴行を受ける事件が発生。目撃者の話によると、『編めないなんてありえない』『社会の敵』と罵倒され、集団で襲われたとのことです」
なんだかよくわからなくなってきた。これは現実の話なのか。
翌朝、スーパーのもやし売り場には「正しく編めない方は購入をご遠慮ください」との張り紙が。
——なんだこれは。
ただのもやしだったはずだ。それが、編んだだけで”特別なもの”になり、編めない者は排除される。
違和感を覚え、こっそり編んでいないもやしを食べてみた。
味は、変わらない……気がした。編みもやしがおいしいと感じたのも「気がした」だけだった。――なら、この一連の騒動は一体なんなのか。
考え込んでいると、スマホに通知が届いた。
「あなたが”編んでいないもやし”を食べたことを検知しました」
画面には、スマートホーム用に設置してあるデバイスから撮影したと思われる映像が映っている。なんで勝手に?
俺が普通のもやしを食べる様子を、無数の目が見つめているような、気がした——。
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