#162 名探偵コーディネーター

ちいさな物語

世間には数多くの名探偵がいるが、彼らが活躍できるのは偶然ではない。

実は私のような、探偵が活躍できるよう事件を演出する裏方「事件コーディネーター」が活躍しているからなのだ。

探偵にも色々なタイプがいる。心理戦が得意な者、緻密な科学的捜査を好む者、ひたすら派手な推理ショーを望む者……私は彼らの個性を見極め、それぞれが最も輝ける事件を作り出す。

依頼主はいわゆる名探偵の「助手」を名乗る人物だ。彼らはだいたい名探偵に心酔しており、より輝ける舞台を用意しようと連絡してくる。

ある心理派探偵には人間関係が複雑な事件を演出し、科学的探偵には現場に微妙な物証を散りばめておく。彼らは私の用意した舞台の上で自慢げに推理を披露し、世間の喝采を浴びる。

もちろん彼らの実力は本物だ。だが、その実力を発揮できるような事件など実はそうそう起きていない。

名探偵に匹敵する頭脳を持った「犯人」、そしてその「犯人」に犯行を起こさせるほどの強い「動機」が必要になる。そう考えると、名探偵の数にくらべて事件の総数が少なくなるというのは道理である。

そんな私に、ある男から奇妙な依頼が舞い込んだ。

「今までとはまったく違うタイプの名探偵を演出したい」

依頼人は妙に不安げな表情だ。これはただの名探偵の助手ではなさそうだ。

「あなたの探偵はどんな方なんです?」

「バカです。推理や証拠集めではなく、偶然とか成り行きとか、それだけで事件を解決しようとします」

「偶然? 偶然って……偶然ですか?」

思わず意味のないことを聞いてしまう。依頼人は意味深に目を細めた。

「おかしいでしょう。でもこのバカはいつも偶然に証拠やヒントを得て、周りも『偶然解決したな、こいつ』って思わせてしまうんです。こんな事件をコーディネートできるのはあなたしかいないだろうと思いまして」

プライドをくすぐられた私は、つい依頼を引き受けてしまった。

私はこれまでの手法をすべて捨て、偶然が偶然を呼ぶ仕掛けを次々と組み上げていった。足跡や指紋、手がかりはすべて偶然そこに“存在していた”かのように見せ、実はかなり緻密に配置してある。探偵はあたかも偶然、事件のヒントを得ていき、事件解決に導かれていく。これならどんなバカでも即解決できる。

だが、探偵が現場に向かうと、用意していた「偶然」がことごとく拾ってもらえない。それどころか、予想外の証人が現れ、私の知らない証拠品が次々と発見される。それもまた偶然なのだが、こちらが用意した偶然にはまったくかかってこない。いや、探偵が偶然を引き寄せている?

この探偵は、もしかして――。

困惑しながら監視カメラを見ると、なんと探偵は自らの偶然入手した証拠品や証言を元に、論理的な推理で事件を解き明かしているではないか。

普通に頭がいいぞ、この探偵。誰だ「バカ」といったやつは。

事件が解決した後、依頼人が再び私の前に現れ、静かに頭を下げた。

「申し訳ない。どうしても確認したくて、あなたのことも騙すような形になってしまった。あなたの仕事ぶりは本当に素晴らしかった」

「どういうことなんでしょうか」

きちんとコーディネート料は振り込まれていたので文句はないが、騙されたという印象は拭えない。

「うちの探偵はいつもこうなんです。事件の鍵となる事象が自然に彼の元に集まってくる。私の目にはバカが偶然知り得たことで事件をやすやすと解決しているように見えて……」

なるほど、助手にとって探偵が本物かどうかは死活問題だ。確認したくなるのも無理はない。

「しかし、今回、あなたが演出してくれた『偶然』、そして本物の『偶然』、うちの探偵は瞬時に判別して本物を選び取り推理した。まぁ、演出された方を選んでも結末は同じはずなんですが」

私は思わず苦笑いを浮かべた。要するに自分は助手が「バカだ」と罵る探偵に完敗したわけか。

世の中には、強運と真実を見抜く力をそなえた名探偵がいるらしい。あの探偵だけは、私が演出などしなくても、いつかまた新たな事件を「偶然」であるかのようにやすやすと解決するのだろう。そう思うと、妙に清々しい気持ちになっていた。

パターン化されたこの仕事ではあるが、こういったことがたまにあるからやめられない。

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