#168 勇魚の骨と海神の約束

ちいさな物語

むかしむかし、海辺の村にね、五助という漁師がいたんだと。

五助は毎日、小舟に乗って漁をして暮らしておった。ある日、大きな嵐の翌朝に浜辺を歩いていると、見たこともないような大きな骨が砂浜に打ち上げられていたんだそうな。

「これは何の骨じゃろう?」

村の古老に尋ねてみると、老人は驚いて言った。

「これは勇魚いさなの骨じゃ。勇魚とはな、海に生きる巨大な生き物で、海神さまのお使いと言われておる。これはめずらしいものを拾ったのう」

そう言われても、五助は勇魚いさなのことなど聞いたこともない。骨は拾ったものの、どうしたものかと考えあぐねて、とうとう骨を家の納屋に置きっぱなしにしておいた。

ところがその晩、不思議なことが起こった。

夜中に波の音に混じって、誰かが名前を呼ぶ声がする。五助が目を覚まして納屋へ向かうと、勇魚の骨がぼうっと光っている。五助は腰を抜かしそうになりながらも、勇気を出して尋ねた。

「お前さん、勇魚の骨か。一体何をしておる?」

すると骨は静かな声でこう語りかけてきた。

「わしは海神の使い。昔、人と海神さまが約束を交わしたのじゃ。漁をする人は海の恵みを得る代わりに、勇魚を祀り、もしも骨が浜に打ち上げられたら、その骨をすぐに海に返すという約束をしておった。だが、人間は約束を忘れ、我らを祀っておらぬ」

「そうだったのかい……」

「そうじゃ。このままでは海神さまの怒りが村を襲うじゃろう」

五助は村の人々を集めてこの話をしたが、村人は皆笑って取り合わなかった。骨が話をするなんて信じられないと、みな口々に言う。

仕方なく五助は端材で小さな社を作り、手を合わせた。それから一人で勇魚の骨を舟に乗せ、約束を果たすために海に出る。しかし海は荒れ、波が高く舟はひっくり返りそうになった。その時、勇魚の骨が再び光り出して五助に囁く。

「お前の真心、海神さまに届いたぞ」

その途端、荒れていた海が静まり、舟は無事に骨を海に沈めることができた。骨は深い海へ静かに消えていった。

それからというもの、五助の網はいつも魚でいっぱいになり、村は豊かになったそうな。人々は五助の話を信じるようになり、それ以来、村の漁師たちは漁に出る前に必ず五助の作った小さな社に参り、勇魚の骨が浜に上がれば、必ず海に返すようになったんだと。

今でもその村では、嵐の晩には波の音に混じって、勇魚の骨の声が聞こえるのだそうな。

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