放課後、僕たちはとうとう旧校舎の地下へ続く階段を見つけてしまった。
噂では地下に三階まであるらしいけれど、階段を見つけられなくて、降りられないらしい。クラスでも何人かが階段を探しに行ったが、なかったと言っていた。
そう聞くと地下を確かめたくなるのが僕らだ。真由が懐中電灯をつけて、先頭を歩き始めた。
「こんなチャンスないよ。行ってみよう」
真由の声に誘われ、僕と拓海は互いに顔を見合わせて頷いた。
地下へ進む階段は不自然なほどにひんやりとして湿度が高い。
「なんか、霧がかかってる?」
拓海が不安げに声を漏らす。確かに足元がうっすら霞んで見えた。
不意に真由が足を止めた。
「ねえ、あの影、見える?」
指さした先には、確かに人影のようなものが揺らめいていた。僕らは息を殺した。
「霧のせいだ」と自分に言い聞かせる。真由はどんどん先へ行ってしまう。
地下二階の壁には、なぜか小さなドアがあった。僕はノブをつかんで引いてみた。重い扉の向こうには、さらに地下へと続く細い階段がある。この先がいよいよ噂の「地下三階」か。
霧は濃くなり、もう真由の懐中電灯の光さえ頼りない。拓海が震える声で言う。
「なんか変だよ。やっぱり……帰ろう」
でも真由は振り返りもせず、霧の中に消えてしまった。僕たちはあわてて階段を降りた。
地下三階は別の世界だった。
足元には静かな水面が広がっていて、その上を霧が漂っていた。これが旧校舎の中だなんて信じられない。上の建物に比べて広すぎる。
真由が静かに呟く。
「これって、どこまで広がってるのかな?」
僕らは足を踏み出す。水は浅く、靴底を濡らすだけだ。それでも前へ進むにつれ、心細さが募った。
しばらくして、視界の端にぼんやりと人影が見えた。それはやがて近づき、顔がはっきりと分かるようになった。
「あれ……僕ら?」
霧の向こうにいたのは、僕らを見つめ返す、自分たちだった。まるで目の前に鏡が置いてあるようだ。
霧の中で立ち尽くす僕らに、もう一人の僕が囁いた。
「ようこそ、『地下三階』へ。きみたちは呼ばれてきたんだよ。怯えないで。やることは簡単だから。きみたちは僕らの後ろの階段から旧校舎に戻る。僕らはきみたちが降りてきた階段から戻る。それだけだ」
「それをするとどうなるの?」
さすがの真由も不安げな声をあげる。
「すぐ隣だからね。そんなに変わらないよ」
「じゃ、じゃあ、別にやらなくてもいいんじゃ……」
拓海が声を震わせる。向こう側の僕が困ったように眉を下げた。
「私たちもやるように言われてやってるのよ。あのね、この世界はちょっとずつ違う、でもすごくそっくりな世界がいくつも同時に存在してるの」
向こう側の真由が仕方ないなぁという顔で説明をはじめた。
「たまにその世界の仕切りを越えてきちゃう人とか動物とかがいるんだって。そうなると、世界のバランスが崩れてよくないから、私たちみたいな子どもが入れかわってバランスをとっているんだって。これは隣の世界の私たちに聞いた話」
「えっ。隣の隣ってこと?」
真由が驚いたように声をあげる。
「うん。この間、入れ替わったんだよ」
向こう側の拓海が控えめにうなずいた。にわかには信じられないが、向こう側にいる三人は僕らにあまりにもそっくりなので、信じざるを得ない。
「へぇ。世界の秘密って感じがしておもしろい。――じゃ、行こう」
こちら側の真由がさっさと反対側の階段に向かう。
「さっすが、私」
向こう側の真由が楽しそうな声をあげて、二人はハイタッチしてすれ違った。
――結論から言うと、本当に何も変わらなかった。少しの違いすら見つけることができなかったのだ。あれは夢だったのかなと思うほどだ。
しかし真由が「地下三階」が呼んでる気がすると、旧校舎の様子を見に行くとまた階段があったりしたのだ。
「もう一度入れ替われって意味かなぁ」
拓海が不安げにつぶやく。
「隣の隣ってどれくらい違うと思う?」
「またそんなに変わらないんじゃないかな」
僕らはもう一度「地下三階」に降りるかどうかは決めかねている。
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