その日は特に変わったこともなく、俺は学校からの帰り道を歩いていた。
ふと足元を見ると、道端に潰れた空き缶が転がっている。ジュースの缶だ。誰かが適当に捨てたのだろう。
「まったく、マナーがなってないな……」
俺は溜息をつきながら、その缶を拾い、近くのリサイクルボックスに放り込んだ。
たったそれだけのことだった。
だが、その夜――。
「助けてくれてありがとう!」
唐突に、目の前に美少女が立っていた。
「……は?」
俺はベッドの上で固まった。部屋の鍵はかけていたはずなのに、いつの間にか侵入されていたらしい。怖いんだが。
「えっと、どちら様?」
「わたし、あの、今日助けてもらった空き缶です!」
「……は?」
「今日、リサイクルボックスに入れてくれたでしょ? あのジュースの缶!」
彼女は胸を張って言った。
改めて見ると、銀色に輝く髪、青い瞳、そして何より服の模様がやたらとアルミっぽい。
「いや……そんなわけないだろ……」
「本当だよ! 私たち空き缶は捨てられてしまうと輪廻の輪から外れて転生できなくなってしまうの。でも、あなたがちゃんとリサイクルボックスに入れてくれたから――お礼をしに来たの!」
何を言っているのかよくわからない。
「いや、いいから早くリサイクルされてくれ。転生できなくなるんだろ」
「そんなっ!」
美少女は頬を膨らませる。
「恩返しに来たのに!」
「いや、缶が恩返しってどういうシステム?」
俺の言葉に空き缶はうるうると目をうるませる。どうやら彼女は、本当にあの空き缶らしい。
「わかった。好きにしろよ。――で、恩返しって何ができるんだ?」
「うーん……あなたの生活を便利にする!」
「便利に? えーっと、想像がつかないんだけど、具体的には?」
「そうだなぁ……例えば――」
彼女は手を伸ばすと、俺の机に置かれたペンを指で弾いた。すると、そのペンは軽やかに宙を舞い、机のペン立てにすっぽり収まった。
「どう? リサイクルの力!」
「リサイクル? されても困るんだが」
「うぅ……じゃあ、こんなのは?」
彼女は両手を広げると、体がキラキラと光り始めた。
「アルミパワー、チャージ!」
「ちょっ、眩しっ!」
光が収まると、目の前には……大量のアルミ缶が積み上がっていた。
「……何これ?」
「新しい缶! リサイクルすると、こうやって生まれ変わるんだよ!」
「いや、アルミ缶を集めてる人はうれしいかもしれないけど、俺は別に……」
「えぇぇ」
彼女はしょんぼりした。
「どうしよう、まだリサイクルセンター行きの時間じゃないし……」
「時間?」
「うん、もうすぐ業者さんが回収に来るから、それまでの間しかここにはいられないの」
「じゃあ、もうすぐいなくなるの?」
彼女は少しさみしそうな笑顔でうなずいた。
「せっかくだし、最後に何かリクエストある?」
俺は少し考えて――
「もう二度と道端に捨てられないでくれ」
「それは……わたしの意志じゃどうにもならないけど、できるだけ気をつける!」
彼女が軽く手を振った瞬間――
パキンッ!
空気が弾けるような音とともに、美少女は消えた。
俺には、道端に捨てられているアルミ缶をリサイクルボックスに入れると、恩返しに来ることがあるというムダ知識だけが残ったのだった。
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