これはの、はるか昔の話じゃ。
今じゃもう、誰も知らんような時代、山にも気持ちっちゅうもんがあったんじゃよ。いや、今もあるが、人間の方に感じる力がのうなったんじゃ。
あるところに、二つの山が向かい合っておった。
ひとつは背の高いおおたけ山(おおたけやま)。もうひとつは丸くておだやかなこまる山(こまるやま)。
どっちもええ山じゃったがな、ある年の春、風が通り過ぎざまにこう言うたんじゃ。
「わしは毎日ここを通っとるが、おおたけ山のほうが立派じゃのう。空に一番近いけぇな」
それを聞いたこまる山、むっとむくれて言い返した。
「高さばっかりが山の値打ちじゃないわい。わしは畑も棚田も抱えとる。人に親しまれるのは、わしのほうじゃ」
するとおおたけ山もむっとして、低い声で言うた。
「ふん、人のためだけにへりくだるのが山か? わしは雲を生む。稲妻を呼ぶ。神も住むと古書に書いてある」
まぁ、そこからじゃ。
山と山の言い合いが始まったんは。
朝になれば、おおたけ山は霧を吐いてこう言う。
「ほれ見い。わしが吐いた霧で村がひとつ包まれた。わしは大きいけぇのぉ」
昼にはこまる山が花を咲かせて言う。
「わしの菜の花畑で、子どもが遊んどる。平和じゃろうが」
夜には星がきらきら光っても、
「それはわしの頂でいちばんよく見える星空じゃ」
「いやいや、わしの山腹で寝転んだほうが心地ええわ」
そりゃあ、もう見ておる動物らも草木もたいへんじゃった。リスはどっちの木の実を食べるかで悩み、鹿は片足ずつ別の山で寝る始末。
けどな、とうとうある日、決着をつけることになったんじゃ。
「どちらの山が本当のいい山か、確かめようぞ」とな。
それでな、風が人の声を集めてくることになった。
どちらの山が、村の者に「よう語られとるか」を数えるんじゃと。
一週間後、風が戻ってきて言うた。
「おおたけ山は『大きくて立派』など、六十回ほど語られた。こまる山は『やさしくてあたたかい』など、八十五回ほど語られた」
これを聞いたおおたけ山、ぐぐっと黙っての、ふぅっと深いため息を吐いたんじゃ。
「なるほどの……わしは遠い山じゃったか。近うで寄り添うたのは、おぬしじゃったんじゃの。完敗じゃ」
こまる山も頭を下げてこう言うた。
「いやいや、おぬしのような山があるから人々は山に敬意を払うんじゃ」
それからというもの、ふたりは競うのをやめての。霧はおおたけ山から出て、こまる山の畑をうるおして、こまる山の花は、おおたけ山の鳥を呼び楽しませるようになった。
春の風が吹くたびに、今でもふたつの山は、楽しげに語り合うそうな。
——ほれ、見てみぃ。あっちの山がおおたけ山、こっちがこまる山じゃよ。どちらもええ山じゃろう。大きさも、形も違うけどな、どっちもええ。
人の良し悪しもそれとよう似とるんよ、ほんにな。
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