レオンは剣を抜きながら、ダンジョンの奥へと慎重に進んでいた。
「この先に、財宝が眠っているはず……」
古びた地図を頼りに、彼はこの未踏のダンジョンに挑んでいた。だが、進むほどに違和感が募る。罠は発動せず、魔物も一切姿を見せない。まるで、何かに導かれているような——
「……?」
ふと、彼の足元に黒い影がよぎった。
一匹の黒猫だった。
「猫? こんなところにどうして……?」
猫はじっとレオンを見上げ、尻尾を一振りした。そして、まるで「ついてこい」と言わんばかりに、静かに前へ進む。
「おい、待て!」
レオンは急いでその後を追った。奇妙なことに、猫が歩く先には罠がない。まるでこのダンジョンの構造を知り尽くしているかのようだった。
そうしてたどり着いたのは、巨大な扉の前だった。扉には古い文字が刻まれていた。
——主の許しなくば、ここを通ることは叶わぬ。——
「主の許し……?」
扉には5つの美しい石がはまっており、ちょうど手のひらの大きさになっている。猫はその石を指すようにジャンプした。
レオンはちょうど指先で石を押すように手のひらを合わせてみた。
次の瞬間、猫が扉の前に立ち、ゆっくりと瞳を閉じた。その身体が淡い光に包まれ——。
「ふぅ、ようやくここまで人間を連れてこられた」
黒猫は、青年の姿へと変わっていた。
「なっ……!」
レオンは驚きのあまり後ずさった。猫だったはずの存在は、漆黒のローブを纏った美しい青年へと変貌していた。
「俺の名はノア。このダンジョンの主だ」
「……主?」
「ああ。このダンジョンは、俺が長い年月をかけて築いたものだ。だが、このダンジョンを横取りしようとした悪魔の呪いによって、猫の姿にされてしまった。あわててダンジョンの心臓部分に鍵をかけたので、よかったものの、今度はここに閉じ込められてしまって――」
ノアはそう言って、レオンがやったように扉に手をかざした。すると、ゆっくりと扉が開いていく。
「礼をしよう。ここに眠る財宝——好きなだけ持っていくといい」
レオンが中を覗くと、そこには輝く黄金と無数の魔法具が眠っていた。だが、それ以上に、彼の心を惹きつけたのは——。
「……そんなことより、これできみの呪いは解けるのか?」
ノアは一瞬驚いた顔をした後、ふっと微笑んだ。
「さあ。どうだろう。ここの部屋はダンジョンの心臓部分、悪魔の呪いを退ける構造にしてある。またここに鍵をかけたら猫に戻ってしまうかもしれないな」
「どうしたらその呪いが完全にとけるんだ?」
ノアは笑い出す。
「どうしてそんなことに興味を持つんだい? 財宝を持って国に帰ればいいじゃないか。冒険者だろう、きみは」
「ノア、勘違いしているね。冒険者というのは財宝を持って帰る人間のことじゃないよ。命を賭して興味深いものを楽しむ人間のことを言うんだ。今僕は、きみときみのダンジョンとその呪いに興味を持っている」
「――きみは、変わっているな」
ノアは心底不思議そうな顔をする。
「そうかもしれないけど。どうだい? 僕と一緒に呪いを解く旅をしないか。このダンジョンはこの部屋に鍵をかけておけば奪われないんだろう?」
「――ここから出られればいいけどね」
「じゃあ、まず、出る方法を考えよう!」
レオンの勢いにノアは苦笑しながら頷いた。
「決まりだな」
レオンはノアに手を差し出した。
こうして、冒険者レオンとダンジョンの主ノアの旅が始まった――はずだ。ノアが出られればの話なのだが。それはきっとレオンが何とかするだろうと、ノアは信じ始めていた。
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