#199 赤信号の理由

ちいさな物語

夜勤明け、午前3時。

住宅街を抜ける細い道にある、三叉路の信号。小さな交差点なのに、なぜか夜中でもちゃんと動いている。だが、不思議なことに、そこに差しかかるといつも赤信号なのだ。

誰もいない。車も通らない。

なのに赤。ひたすら赤。そしてかなりの時間が経ってから青になる。大好きなラジオ番組を聴きながら待っていたので、最初は気にも留めなかったが、一週間、二週間と毎晩続くと、さすがにちょっとおかしいと思うようになった。

そして、ある夜。いつものように止まった俺の車の助手席に、スッと風のような気配が乗り込んできた。視線を向けても、誰もいない。それでも、何かがそこに「いる」感じがした。

信号は赤のまま。

なぜかいつもよりも長い時間変わらないような気がする。

嫌な汗が背中を流れる。夜中で誰もいないし、赤信号を突っ切ってしまおうかと迷いが生じた。しかしその瞬間、不意に耳元で声がした。

「もう少し……一緒にいて」

低く、かすれた女の声だった。凍りついたように体が動かない。

——そして、俺は思い出した。

ちょうど一年前、この交差点で女の人が轢かれて亡くなった。ドライバーは、信号が青になったと思い込んで突っ込んだらしい。

芋づる式に記憶がよみがえる。聞いた当初はバカバカしいと思って聞き流していた怪談だ。

事故があってから、あの交差点の信号機は、夜になるとおかしくなったらしい。

それが――ここだった。今の今まで忘れていた。

次の夜、俺は決心して車を出した。例の交差点に差しかかると、案の定、赤。だがその晩、俺は車を降りて信号機に近づいた。

「いるのか?」

そうつぶやき、信号の脇に小さな花束を置いた。風もないのに花が揺れる。すると信号がぱっと青に変わった。初めて、すぐに青になった。

あわてて車に戻り、発進する。だが、バックミラーに映る交差点には、長い髪の誰かの影が横切ったような気がした。

その日以来、俺は夜勤の帰り道を変えた。あの信号には、もう近づかない方がいいのかもしれない。信号が赤になるのは、きっと——誰か一緒に過ごせる人を待っているからだろう。

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