「あなたのスキル、無料で診断します――。」
古びた木製看板に書かれた文字を眺めながら、僕はため息をついた。
冒険者ギルドの試験を三回連続で落ちた帰り道だ。試験官の表情を思い出すと、胸が苦しくなる。戦士志望だが力は並以下。魔法も苦手。特別なスキルは一切ない。そんな僕に「冒険者など無理だ」と、目の前で言われたのだ。
「……ダメでもともとか」
半ば諦めつつも、僕はその「スキルチェック相談所」と書かれた扉を開けた。
カラン、とベルが鳴り、薄暗い店内に踏み込むと、中から柔らかな声が響いた。
「いらっしゃいませ。スキルチェック相談所へようこそ」
カウンターに座る女性は、微笑んで僕を迎えた。エルフ特有の尖った耳が淡く透き通り、白い髪が店内のランプの光で輝いている。僕は少し緊張しながら近づいた。
「スキルチェックをお願いしたいんですが……」
彼女はうなずいて、奥から透明な水晶球を取り出した。
「では、手をかざしてください」
言われた通りにすると、水晶球が淡い青色に光りだした。彼女はそれをじっと見つめ、やがて首をかしげた。
「あら、不思議ですね。あなたにはめずらしいスキルが隠れているようです」
「え、めずらしい?」
心が躍る。しかし彼女の表情は少し困惑気味だった。
「『場の空気を微妙に変える』というスキルです」
僕は絶句した。地味すぎる。「微妙に」ってなんだ? 劇的に変わらないのか?
「そ、それって――役に立つんですか?」
彼女は苦笑いを浮かべながら答えた。
「――使い方次第でしょうね」
僕は店を出てからも、このあまりにも微妙なスキルをどう生かせばいいのか考え込んだ。戦士になりたい自分に、場の空気を微妙に変えるスキルなど必要なのか?
次の日、半信半疑のまま冒険者ギルドの再試験に向かった。今回の試験官は前回と同じ、あの厳しい表情の老人だ。
「おや、また君か」
僕は緊張して試験官の前に立った。だが、不思議とあのスキルを意識していると、部屋の空気がわずかに変わった気がした。
試験官の目が少し和らぐ。
「今日はなんだか雰囲気が違うな。まあいい、始めよう」
戦士志望の試験は簡単な剣の試合だ。しかし僕は相変わらず剣の腕は振るわず、すぐに試験官に追い詰められた。
「あー、君はやはり向いてないかもな……」
だがその瞬間、また微妙に空気が揺らぐのを感じた。試験官が首を傾げる。
「しかし、何か感じるものがある……」
そう呟くと、彼は僕の顔をしげしげと眺め、少し悩んだ後、意外な言葉を口にした。
「君はもしかすると、他のことに向いているかもしれん。パーティのムードメーカーとか、相談役とか。生死をかけた冒険が続くと、どうしてもギスギスしてくることがあるからな」
それから僕は戦士の道をあきらめ、勉学に励んだ。――といっても、誰もやったことのない分野なので、すべて独学だ。
まずはパーティの雑用としてついていき、メンバーの様子をよく観察する。個人の諍いや、パーティ内の対立などが、どのようにして起こるのか。どのような言葉をかけると喜ばれるのか、帳面にびっしりと書き込んで勉強した。
それから満を持して、冒険者ギルドでパーティの一員として活動を開始する。
最初は「必要ない」と言われることが多かったが、しだいについてきて欲しいと、指名されるようになってきた。
「パーティのコミュニケーションが円滑に進む」
「喧嘩がなくなった」
「パーティが一致団結できるので、ひとつ上のレベルのクエストがクリアできた」
直接戦うことは少ないが、僕がいることでパーティの雰囲気が和らぎ、連携が取れるようになるようだ。地味だが、確かに需要はある。
冒険者の中には能力が高いがゆえに、和を乱しがちなスタンドプレーヤーも多い。彼ら、彼女らの能力は魅力的だが、その他の様々なことがめんどくさい。そんなときも僕が呼ばれた。
ギルドでの仕事をこなしながら、僕はさらに勉強を重ねた。場の空気を微妙に変えるスキルを生かして、様々な交渉や、悩み相談に対応できるよう能力をアップデートしたのだ。もちろんこれも独学だ。
これにより、商人たちからも声がかかるようになる。交渉ごとは商人たちの方が上手いはずだが、「あんたがいると、空気が微妙にこちらにむくんだよ。うまくいくんだ」と、お守りのように重宝された。
ギルドにすら入れなかった僕は、今やずっとパーティにいて欲しいと、あちこちで声がかかる冒険者となった。
戦士、魔法使い、召喚士、などカテゴライズできない僕の能力は、誰も言葉で表現することが出来ず、仕方なくみんな僕の名前で呼んだ。ギルドで唯一無二の存在になったのだ。
冒険のちょっとした空き時間に、再び相談所を訪れ、僕は女性に礼を言った。
「僕のスキルを見つけてくださって、本当にありがとうございます」
彼女はにっこり笑って答えた。
「スキルは持ち主の心次第で変わるのです。もはや元のスキル以上のものになっていますよ」
そして、今日も冒険者ギルドで、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。
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