#210 究極の鼻ティッシュ選手権

ちいさな物語

ある朝、僕は唐突に鼻血を出した。

それは突然で、理由もなく鼻の奥から温かい感触が流れ落ちてきたのだ。慌てて洗面所に駆け込み、急いでティッシュを取って鼻に詰め込む。

鏡を見てみると、鼻から白いティッシュの塊が不格好に飛び出している。まったく美しくない光景だった。

しかしその瞬間、僕はふと「あること」を思い出したのだ。

『究極の鼻ティッシュ選手権』――世界中のマニアたちが集まり、鼻血を止めるティッシュを、いかに機能的かつ芸術的に仕上げるかを競うという奇妙な競技会だ。

僕はその存在をネットの片隅で知ったが、冗談か何かだろうとすぐに忘れていた。

しかし、鼻にティッシュを突っ込んだこの滑稽な自分を見ていると、急に興味が湧き上がった。

数日後、好奇心を抑えられなくなった僕は、実際にその競技会場を訪れた。会場となっているのは、小さな市民ホールだった。

「ようこそ、究極の鼻ティッシュ選手権へ!」

エントランスに立つ女性スタッフが、明るく僕を迎え入れた。

会場の中に入ると、数十人もの参加者が、真剣な表情でティッシュを折り曲げたりねじったり、特殊な薬品を吹きかけたりしている。

僕は参加者の一人に話しかけてみた。

「これは……一体どういう大会なんですか?」

その男は誇らしげに答えた。

「これは、単なる鼻血止めのティッシュをいかに機能的かつ完璧に美しく仕上げるかを競う大会だよ。ティッシュを侮るなかれ。これこそ最も繊細で芸術的な技術が要求される分野なんだ」

彼が持っていたのは、精密に折りたたまれ、バラの花びらのように美しく仕上げられたティッシュだった。そこには見事な防漏加工が施され、機能性も完璧らしい。

大会のルールは単純で、実際に鼻血を流した参加者が、自作のティッシュを鼻に装着して止血力、美しさ、快適さを審査員が評価するというものだった。

やがて、競技が始まった。

一人目の参加者は、高齢の紳士だった。

彼は『クラシック・ロール』と名付けられた円筒状のティッシュを鼻に挿入した。

審査員は血の吸収力を冷静に評価し、「機能的だが独創性に欠ける」と低い点数をつけた。

続く若い女性は、蝶の羽根を模した繊細なデザインを披露し、会場の観客から感嘆の声を浴びたが、見た目ほどの吸収力はなく、中程度の評価だった。

だが、注目を一身に浴びていたのは、前年のチャンピオンである田中という男性だった。

田中の作品は『ドラゴンティッシュ』と呼ばれ、鼻に挿入すると見事にドラゴンの姿を形成し、鼻血を完璧に封じ込めながらも呼吸が妨げられないという究極の機能美を誇っていた。

田中が自信満々に鼻にティッシュを装着すると、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

審査員の一人がマイクを握り、興奮気味に評価を語った。

「素晴らしい!機能性、芸術性、快適性のすべてを兼ね備えた、まさに究極の鼻ティッシュだ!」

会場はさらに盛り上がり、観客は興奮で席を立って拍手を続けていた。

最後に、なぜか僕にも声がかかった。

「君もぜひ参加してみないか?」

戸惑ったが、スタッフが用意してくれた新品のティッシュを前にすると、奇妙な使命感が芽生えてきた。

僕は慎重にティッシュを手に取り、鼻血を止めるだけでなく、鼻の穴から美しく飛び出すデザインを頭に思い描いた。

不器用ながらも、僕はティッシュを懸命に折り曲げた。

シンプルだが独特な造形、清潔で洗練されたラインが鼻の穴を絶妙に飾る。

いざ、自分の鼻にティッシュを差し込むと、不思議な自信が湧き上がってきた。

審査員たちは僕の前に立ち、静かな眼差しで作品を眺めた。

「これは……驚いた」

審査員の一人が静かに言った。

「派手さはないが、心地よく、自然で、見れば見るほど心が落ち着くデザインだ。まさに鼻血止めティッシュの本質を極めている」

拍手が沸き起こった。

僕の素朴な作品が、意外なほどの高評価を得ていることに驚きを隠せなかった。

結局、優勝は田中の『ドラゴンティッシュ』に譲ったものの、僕は「最優秀新人賞」を獲得した。

帰り道、僕は奇妙な達成感に満たされていた。

鼻血を止めるティッシュ一枚に、これほどまで真剣に取り組む人間たち。

馬鹿げたことだが、それでいてとても素敵な世界だ。

ふと鼻を触ると、そこには僕が作ったティッシュが、まだ誇らしげに鼻の穴から覗いている。

鼻血を止めるティッシュが、こんなにも奥深く、芸術的な可能性を秘めているなんて。

それ以来僕は、ティッシュを取り出すたびに、その美しい可能性を考えるようになった。

もしかすると、鼻ティッシュこそ人類が見落としていた最高の芸術作品なのかもしれない。

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