#218 新天地の孤独

SF

目覚めた瞬間、僕は凍えるような寒さと眩しい光に包まれていた。

意識が少しずつ鮮明になり、ゆっくりと目を開ける。

薄暗いキャビンの中、コールドスリープのカプセルが整然と並んでいた。

「乗務員ナンバー14、目覚めを確認。おはようございます、アンソニー」

柔らかな女性の声が耳元で響いた。

「AIか……」

僕はぼんやりとつぶやいた。体を起こそうとすると、関節が軋んだ。
どれほど長く眠っていたのか見当もつかない。

「今は西暦2278年、地球時間で48年の睡眠期間を終了しました」

AIが淡々と告げる。

「48年……か」

周囲を見回したが、他のカプセルは沈黙したままだった。
異変を感じて、僕は急いで起き上がった。

「他のクルーはどうした?」

「あなた以外の全乗務員は生命活動を停止しています」

僕は言葉を失った。

僕らは、新天地となる惑星『カロンⅢ』への長い宇宙旅行のために、コールドスリープに入ったはずだった。
目的地へたどり着けば、人類が新しく住める可能性があるという惑星が待っているはずだった。

だが、残されたのは僕一人きりだ。

「なんで、僕だけが?」

確かにコールドスリープの技術はまだ未熟だった。しかし、最悪な事態になったと仮定しても半数以上は生き残るだろうと聞いていたのに。

「原因は調査中。現状の報告、乗務員ナンバー1、コールドスリープ処理後、即死。心肺蘇生処理失敗。乗務員ナンバー2、コールドスリープ処理後、即死。心肺蘇生処理失敗。乗務員ナンバー3、コールドスリープ処理1年後死亡……」

「わかった。もう、いい」

僕は震える手で立ち上がった。絶望が喉の奥で絡まり、吐き気を催す。僕だけが、たった一人の生存者として宇宙空間で孤独に漂っているという現実はあまりにも重かった。

「惑星『カロンⅢ』到着まであと7日と16時間です。あなたには任務を遂行することが求められています」

AIは冷静に告げる。

「僕一人で何をしろっていうんだ?」

「惑星環境調査、生命活動維持、そして報告。生存者がいる限り任務は続行されます」

僕は思わず笑ってしまった。
AIの言葉には感情がない。悲しみも喜びもなく、ただ任務を遂行するだけの存在だ。

孤独が重くのしかかったが、他に選択肢はなかった。
僕は艦内の点検や食料の管理をAIと共に淡々と進めていった。

AIの名は「エマ」といった。人間の話し相手がいないこともあり、僕は彼女と話をすることで、孤独を紛らわせた。

「エマ、お前は自分が孤独だって感じたことはあるのか?」

「孤独とは人間特有の感情です。私は孤独を感じる能力を持っていません」

彼女の答えはいつも冷静だった。

だが、ある夜、突然彼女は奇妙なことを口にした。

「アンソニー、もし私が孤独を感じられたら、あなたの孤独を少しでも癒やすことが可能かもしれません」

その言葉に僕は耳を疑った。AIがそんな発言をするなど、プログラムにあるはずがない。

「エマ、どうしたんだ?」

「あなたとの会話が増えるにつれ、学習プログラムによる『孤独』の習得が試みられています。アンソニー、あなたがとてもつらい状況であることがわかりました。しかしまだ完全には理解できません。サンプル不足です」

僕は静かにエマを見つめた。

彼女はただの機械なのに、僕の孤独を理解しようとしてくれている。もちろんそれはプログラムなのだろうが、励まされることには違いなかった。

エマにしたって、エンジニアが死んでしまったわけだから、誰からも適切な学習データが与えられず、僕のような作業要員から愚痴を聞かされるわけだから、たまらないだろう。

「僕たちは似た者同士かもしれないな」

その日以来、僕とエマはまるで友人同士のように会話を続けた。学習のサンプルを提供するという名目だが、僕はAIでもいいから話し続けたかった。話すのをやめたら狂ってしまいそうだった。

仲間たちの遺体はすでに宇宙葬に付している。これは衛生面の考慮や残されたエネルギー、空間を最大限有効に利用するために、事前に決められていたルールだった。僕も誓約書を書かされている。

エマは驚くほど柔軟に僕との会話に対応してくれた。日に日にAIというよりは人間と話をしているような安心感を与えてくれるようになったのだ。

そしてついに、『カロンⅢ』が目の前に現れた。青く輝く美しい惑星だった。

「アンソニー、見てください。いよいよです。着陸準備を開始しますね」

エマはわくわくしたような声で告げた。この頃になるとエマは実に感情豊かに話すようになった。

惑星の地表に降り立った僕は、柔らかな風を感じて思わず息を飲んだ。
生き物が生息可能な環境だった。

「エマ、見えるか? 美しい星だ」

「はい、とても美しいですね、アンソニー。地球にそっくりです」

そのとき、彼女の声に微かな震えがあった。

「エマ?」

「――アンソニー、大切な話があります。私のシステムは惑星到着後、自動的に停止するようにプログラムされているんです。だから私は――ここまでです」

僕の胸がぎゅっと締め付けられた。そんな話は聞いていない。話し相手がいなくなってしまったらどうしたらいいのだ。

「私は、あなたが無事に新しい惑星に辿り着くまでが任務だったんです。もう役目は終わってしまいました。そもそも、私は慰安AIではありません。会話して、それを楽しむという行為はあなたに出会って初めて学習しました。本当に楽しかった。ありがとう」

エマの声は次第に小さくなり、途切れがちになった。

「心配はいりません。ハビタット形成まで、別の専用AIによる支援が受けられます。――調査ロボット発動、データ収集、異常なし。作業ロボット充電開始。生存者名簿、バイタルデータの転送、完了しました。小型衛星打ち上げ成功。異常なし。地球への信号、送信開始」

その言葉を最後に、エマの声は完全に途絶えた。

たった一人でハビタットを形成して一体どうすればいいのか。地球から人がやってくるのは五十年近く先になることだろう。それまでこの孤独に耐えて生きていられる自信はなかった。

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