#226 ほしから来たひと

SF

あんたに話しておこうかね。

この村の話さ。もう、誰も覚えていないかもしれんけど、あたしゃちゃんと見たんだよ。忘れるもんかい、あんな人。

あれは、わしがまだ小娘だったころ――そうさね、戦のあとで、村にもやっと灯りが戻ってきたころだよ。

ある晩、山の向こうの空がふいに青白う光ってね。

稲妻でもなし、焚き火でもなし、静かで、まるで空そのものが一度だけ、目をひらいたようだった。

翌朝、村のはずれに男が立っとった。痩せて背の高い、ふしぎな男だったよ。

髪は銀に近い色で、服は継ぎがひとつもなくて、ぴかぴかで、やけに清潔だった。

目がね、まるで山の泉みたいに澄んでいて、けれどどこを見とるのか、わからなかった。

「旅の者です。すこし、滞在させていただけませんか」

そう言われて、誰かが断る気になれたかい。あんたも知っての通り、この村は客人はもてなすのが当たり前じゃ。ちょっとばかり見た目が変わっとっても、ほら、外人さんじゃと思うてな。

村の空き家を掃除して、そこに住まわせたのさ。

その男――名をリクといった――は、礼儀正しく、よく働くひとだった。

けれど、どこかおかしなことがいくつもあった。

朝になると、星を見ていた。朝なのに星を見ていると言うんだよ。わしらには見えやしない。

昼になると、畑の土に耳を当てて、何かを聞いていた。

夜には、ランプを持たずに、真っ暗な森の中をひとり歩いて帰ってきた。

質問をすれば、答えが変だった。

「どこから来たのかね?」

「西の、風が曲がる場所からです」

「風が……?」

「はい。風が、縦に降る場所です」

皆、ぽかんとするしかなかったよ。

けれども、畑を手伝えばどの作物もよく育ち、子どもが怪我をすれば、見たこともない香草で治してしまう。

不思議な出来事ばかりだったが、誰もリクを追い出そうとは思わなかった。

ある晩、わしはリクに聞いてみた。

「あんた、ほんとうは、どこから来たんじゃ?」

リクは笑った。けれど、それはちょっとだけ悲しい笑顔だった。

「ずっと昔にね、空を渡る舟が落ちたのです。私はそこから降りてきました」

「舟って、飛行機のことかね?」

「いいえ、それとは少し違います。……でも、似ているかもしれません」

「帰らないの?」

「帰りたいと思ったこともありました。けれど、今は、ここが好きです」

そう言って、リクは満天の星を見上げた。

「この星は、とても優しいですね。土が暖かい。水が甘い。生命体が……人が、話しかけてくれる」

わしは、なんだか胸がぎゅっとして、なにも言えなくなった。

リクは、三年だけこの村にいた。

村祭りでは太鼓を叩き、冬には雪かきをし、子どもたちと凧あげをして笑っていた。

でも、ある日、ふいにいなくなった。

朝起きたら、家はからっぽ。何の置き手紙もなかった。

けれど、不思議だったのは、家の中がどこも汚れていなかったこと。使っていたはずの鍋も布団も、まるで最初からなかったように、きれいさっぱり消えていた。

その夜、また空が光った。

こんどは音がした。

風でも雷でもない、音楽のような音だったよ。

聞いたこともない調べが、山を抜けて、村の屋根の上をすべっていった。

誰もそのことを語らなかったけど、みんな、気づいていた。

リクは帰ったんだ、と。

その後も、畑にはなぜか良い実がなったし、井戸の水がぬるんで甘くなったとも言われた。

わし? わしはな、あの人が置いていった草の種を、今でも裏庭に植えているよ。星の形をした小さな花が咲くんだ。

夜になると、その花だけ、ふわっと光るのさ。

だからあんた、忘れないでおくれ。

この世にはな、ふらりと現れて、ふらりと去っていく者もいる。

どこから来たかも、何者だったのかも、わからんけど、確かに“ここにいた”者たちがね。

たとえ、星の舟でやってきたとしても――

その人が、あんたに笑ってくれたなら、それで十分じゃないかね。

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