#228 怪談メーカー

ちいさな物語

「退屈なあなたの町にも怪談を。」

そんなキャッチコピーの書かれたパッケージを、僕は手にしていた。

『怪談メーカーキット』——ネット通販で見つけた怪しげな商品だ。商品紹介欄にはこうある。

「設置するだけで、あなたの周囲に『それっぽい怪談』が自然発生! 夜道や公園、学校、カフェなど、どんな場所でも語りたくなる怪談スポットに!」

正直なところ、ふざけているとしか思えなかった。

でも、僕はそのとき、ネタ切れだった。

地元のフリーペーパーで「身近な怪談」コーナーを担当している僕は、書くネタが尽きていた。町にそうそう怪談が転がっているわけでもない。風が吹いて木の葉が揺れただけの現象を「怪異」と呼ぶような投稿も多く、取材にも行けない。

藁にもすがる思いで購入したそれは、直径10センチほどの黒い球体だった。その辺に落ちていても子供のゴムボールかと思うような形状で、異様な感じはない。

しかもUSB給電式で便利だ。説明書にはこうある。

「設置後48時間以内に自然発生型怪異が発生します。範囲は半径20メートル程度です」

ご丁寧に注意書きまであった。

・実害はほぼありませんが、驚くことがあります
・記録媒体には映らない場合があります
・霊能力者に効力を無効化されてしまうおそれがあります。お近くの霊能力者には事前に連絡しておくことをおすすめします。

——なんだこれは。本気なのか、冗談なのか。判断に迷うところだ。球体には給電口しかなく中がどうなっているのかわからない。いや、しかし、USBタイプCなのは助かる。

とりあえず、充電して、町はずれの何の変哲もない公園に設置してみることにした。

昼間は親子連れ、夜はジョギングする人くらいしかいない、平和そのものの小さな公園だ。

球体をベンチの裏の草むらに隠すように設置してから、しばらくして――本当に異変は起こった。

最初に聞いたのは、地元の高校生たちの噂話だった。

「あの公園、夜になると子供の声が聞こえるらしいよ」

「うそ、夜に? 普通子供いないっしょ? その時間」

「うん。誰もいないのに、『いっしょにあそぼー』って……」

——それっぽい。いいぞ、いいぞ。

僕は小さく笑いながら、さっそく現地取材に向かった。

公園は静まり返っていたが、確かに、時折何かが風に混じって聞こえる気がする。

「……しょに、あそぼ……」

だが録音機材には何も入っていない。気のせいだろうか?

次の日、今度は別の噂が立った。

「ベンチに座ってると、いつの間にか誰かが隣にいる」

「見るといないんだけど、気配? 体温みたいなものを感じるんだって」

「『遊ぼうよ』って声も聞こえたって……」

なるほど、子供の霊とおぼしき怪異は着々と成長し存在感を増しているようだ。

三日目にはこんな話まで出ていた。

「あの公園の時計、誰かが見てるときに限って、針がゆっくりと逆回転するらしい」

「夜中、ブランコが風もないのにキィキィって揺れるんだって……」

完璧だ。すべてが「それっぽい」。実害なし、適度に不気味、今風に言うなら小さな公園に『映える』怪談だ。

僕は記事にまとめてフリーペーパーに掲載した。「地元に眠る、ささやかな夜の怪異」。

評判は上々だった。いつもより反応が多い。怪談メーカー、想像以上に使えるかもしれない。

その成功に味を占めた僕は、次の場所にキットを移動した。

今度は町の図書館の裏手の草むら。人の行き来が少ない場所だ。一週間後、こんな話が出てきた。

「夜中、図書館の裏に本が落ちてるんだって。昼間にはなかったのに、夜だけ」

「しかもその本の内容が、町で最近あった出来事そのままなんだよ。まだ報道とか、回覧板で回ってない話まで」

ふむ。怪談というより都市伝説的な怪異だな。これも実害はない――と思うが、未来予測までくると、やや危なっかしいな。

――とはいえ、不気味さに加えて、知的好奇心もくすぐるネタであることは確かだ。僕はそれもフリーペーパーに掲載する記事として書き上げた。

それからだった。

怪談の“質”が変わってきたのは。

「図書館の裏で誰かに名前を呼ばれた。振り返ると、自分が立っていた」

「夜中の公園、影の数が人の数と合わないことがある。たまに、影が別の動きをする」

「自分の部屋のテレビに、夜中“あの公園”が映るんだけど」

怪談がバリエーションを変えて広がり始めた。キットを回収済みの公園もまだ怪談が増えている。効力が続きすぎではないか?

さらにキットの説明書に載っている、「半径20メートル」を超えた範囲にまで、妙な話が派生している。

僕はおそるおそる最初にキットを設置した公園へ向かった。

ベンチの前に、誰かが立っている。明らかに怪しげなるものだ。キットは今、別の場所にあるのに?

立っていたのは小さな女の子。顔はよく見えなかったが、手には僕の記事のコピーを持っていた。

「これ、書いたの、あなた?」

声ははっきりしていた。おや? 普通の人間っぽく見えるぞ。

呆然としている僕に彼女は、静かにこう言った。

「なら、つづき、かいて」

気がつくと、彼女はもういなかった。やはり怪異だ。

僕は走ってキットの回収に向かった。これは結構危険な道具だったかもしれない。怪異が意思を持っているようだ。一度放たれた怪異が成長して、影響する範囲を広げている。

以降も怪談は止まらなかった。

公園と図書館を起点に町のいたるところで「それっぽい」話がどんどん生まれている。

いったん生まれた怪談は、勝手に歩き出し、人々に膾炙され、さらに広がる。これは取扱説明書に書いてなかった。

僕がこの文章を書いている部屋の窓の外に、さっきからずっと“何か”がいる。

その“何か”は、まだ名前をつけられていない。

でも、僕がそれを「語った」瞬間、きっとまた一つ、新たな怪談が増え、広がるのだろう。

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