#254 星の卵を孵す方法

ちいさな物語

星の卵を飼うことにした、とエリが言ったとき、周りの誰もが不思議そうな顔をした。

「星の卵って何?」

母親が朝食のパンを焼きながら聞くと、エリは得意げにバッグの中から透明な水晶のようなものを取り出した。手のひらにすっぽり収まるサイズで、卵といえば卵に見えなくもない。

「これよ。星の卵。ペットショップのおじさんが言ってたの。大事に育てれば、ちゃんと星が生まれるんだって」

「まあ、また変なものを買ってきたのね」

母親はそれ以上興味を示さず、エリもそれで満足だった。彼女は幼い頃から少し変わっていて、普通のペットよりもちょっと不思議なものを選んで飼っていた。

庭にはなぜか二足歩行で歩く虹色のトカゲがいるし、自室では空中に浮かぶ空クラゲが優雅に漂っている。

だが、それらと比べても星の卵は別格だった。

エリは星の卵を自室のベッドサイドに置いた。卵はほんのりと青白く輝き、ときおり振動して小さな音を立てた。

ペットショップのおじさんが言ったとおり、卵には時々話しかけてやらないといけない。人間の心を栄養にするらしい。

エリは毎晩、卵に向かってその日にあったことを語りかけた。心をこめて語りかけた。

「今日は学校でちょっと嫌なことがあったけど、帰りに公園でかわいい猫を見たし、いいこともあったのよ」

卵はそれを聞くと、まるで応えるようにわずかに明るくなった。

卵がエリの話を好んでいるのかはわからないが、日に日にその輝きが強くなっていることだけは確かだった。

やがて家族も、エリの友達も、星の卵に興味を持ち始めた。

「本当に星が生まれるの?」

友達が目を輝かせて聞くと、エリは胸を張った。

「そうよ。ペットショップのおじさんが言ってたもの」

しかし、問題が一つだけあった。それは、この卵がいつ孵るのか、どんなふうに孵るのか、誰にもわからないということだった。

卵は順調に成長し、夜になると部屋いっぱいに星の光を放つようになったが、一向に殻が割れる気配はなかった。

「ねえ、まだ生まれないの?」

母親がしびれを切らして尋ねた。

「星は簡単には生まれないのよ。宇宙は広いんだから」

エリはもっともらしく答えたが、内心では焦り始めていた。宇宙規模ということは何千年も何万年もかかるという可能性がある。このままエリが生きているうちに孵らなかったら、すごく残念だ。

そんなある夜、星の卵が突然強く振動しはじめた。エリは慌てて起き上がり、卵のそばに駆け寄った。

「とうとう生まれるのね!」

エリが叫ぶと、家族全員が起きてきて彼女の部屋に押しかけた。部屋中がまばゆい光に包まれ、卵が微かに音を立てて割れ始める。誰もが息をのんでその瞬間を見守った。

ところが、殻が割れて出てきたのは、星ではなく、小さな、丸っこい不思議な生き物だった。

その生き物はふわふわの毛に覆われ、瞳はまるで夜空を切り取ったような星空そのものだった。

「これ、星……なの?」

弟が少し残念そうにつぶやいた。

だがエリはその小さな生き物を両手で抱き上げると、嬉しそうに微笑んだ。

「これは星よ。だってこの子の目の中には宇宙が広がってるもの。ペットショップのおじさんの言ったとおりよ」

不思議な生き物はエリを見上げ、小さな声で鳴いた。その声は星が瞬くように澄んでいて、どこか懐かしい響きがした。

エリはその生き物に「ステラ」と名前をつけ、大事に育て始めた。卵のときのように心をこめて様々なことを語りかける。するとステラは日に日に大きくなり、やがて空をふわりと飛ぶようになった。

空を飛び回るとき、ステラの身体はまるで流星のように輝き、町中の人々が空を見上げてその美しさに感嘆した。

エリは時々、夜の庭に寝転んでステラと一緒に星空を眺めた。

「あなたはいずれ空に浮かぶ大きな星になってしまうのかしら」

エリが問いかけると、ステラはきらきらと輝いてそれに応えた。

ある晩、エリが目を覚ますと、ステラの姿が見えなかった。急いで外に出ると、ステラは夜空高く浮かび、まるで星座の一部のように煌めいていた。

エリは胸が締め付けられるような寂しさを覚えたが、それ以上に誇らしかった。

「やっぱり、あなたは本当に星だったのね。空へ帰ってしまうの?」

ステラは一度エリの方を見下ろして瞬くと、そのままゆっくりと空高く昇っていった。

やがてステラは本物の星々の間に紛れ込み、どれがステラなのかわからなくなってしまった。

それ以来、エリは夜空を見上げるたびに、どの星がステラなのかを探した。

でも、たぶんステラはまだ小さくて、エリには見分けることができないのだろう。

高性能な望遠鏡でもあれば、もしかしてまたステラに会えるのかも……。

エリは天文学者への道を考え始めた。もう一度、ステラに会うにはそれしかない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました