#258 無限リバーシブル株式会社の謎

ちいさな物語

「おはようございます。リバーシブルでお願いします!」

その日も、ぼくは元気に会社の自動ドアをくぐった。

無限リバーシブル株式会社に勤めて三年。だが、いまだに自分が何の仕事をしているのか説明できない。

出社すると、エントランスには「表と裏、どちらでもお好きなように!」とだけ書かれた巨大な垂れ幕が下がっている。朝礼の時間になると、社員が全員「リバーシブル!」と拳を突き上げてから、回し蹴りをする。

今日は月曜日。デスクには「左」と「右」と「たぶん下」と書かれた紙が三枚置いてあった。ぼくはそれをよくシャッフルしてから、なんとなく「たぶん下」の紙を天井に貼り付ける。隣の席の佐藤さんは「右」の紙で紙飛行機を折っている。

毎朝恒例の“謎ミーティング”が始まる。

議題は「本日はどちら側で行うか?」だ。

「表ですか、裏ですか?」と係の人が叫ぶ。
「リバーシブル!」と誰かが叫ぶと、会議室の壁がぐるりと回転し、全員が倒立をして着席する。倒立をしているので、着席といっても頭が座面に着くスタイルだ。

「今日は裏です」と議長が宣言。ぼくのネクタイも裏返しておいたほうがよさそうだ。

議題2は「リバーシブル新製品について」

「新製品の特徴は?」と聞かれると、「表のままでも裏のままでも使えます!」とプレゼン担当が叫ぶ。「そりゃそうだ」と全員でうなずいた。

頭に血がのぼりそうだと気づいた人から、勝手に倒立をやめている。

「使い道は?」と問うと、「使わなくても困りません!」と自信満々に返される。

会議の最後は必ず「本日の謎かけ」。

今日は係長が「リバーシブルとかけまして、腹巻ととく。その心は?」と始めると、全員が真剣に考え始める。答えはだいたい「どちらでもあったかい」とか「中身は不明」とか、そういうものだ。うまい答えが出ると拍手が起きる。

仕事に戻ると、パソコンの画面には「あなたの今日の役職:仮係長(裏)」と表示されていた。

昨日は「暫定部長(表)」だった気がする。その前は「正体不明チーフ(ななめ)」だった。

佐藤さんが「今日のタスクは“逆立ち提案書”を出すこと」と言うので、とりあえず机の下で逆立ちしながら提案書を書く。社員はみんな体が柔らかいので何の問題もない。

書き終わった書類は、上司の机に載せると秘密保持のため即座にシュレッダーにかかるシステムだ。

ランチタイムになると、社員食堂には「リバーシブル丼」と書かれたメニューが並ぶ。真っ白いごはんの下に何らかの具材が入っているので、リバーシブルだ。

――何も入っていなかった。

午後は「会議リバーシブル化推進委員会」が開催される。会議室に入ると、議事録係が「本日は議事録を“消しゴム書記”が担当します」と宣言。何か記録するとすぐに消されてしまうため、会議内容は誰にも記憶されない。なお、秘密保持のため、録音は禁止されている。

15時には「リバーシブル体操」の時間。全員で、前転・後転・横転・ねじれ回転を繰り返す。この体操により、社員の体の柔らかさが保持される。

体操の最後はなぜか全員で「これって何のため〜?」と叫び、「リバーシブル!」と誰かが返事をして終了する。

夕方になると、社長がスピーカーから「今日もリバーシブル、おつかれさまでした」と流してくる。たまに空中で逆立ちしながら廊下を横切っていく社長の姿が見える。

「ところで、うちの会社って何をしてるんですか?」と新人が聞くと、ベテラン社員は「その問いはリバーシブル」と真顔で返す。「考えても考えなくてもいい。でも考えるなら逆から考えてみな」とアドバイスする。

定時が近づくと、みんなで「リバーシブル退社」を始める。

表玄関から出る人、裏口から消える人、時々天井から降りてくる人もいる。

ぼくは今日は「たぶん下」から退社することにした。

外に出ると、会社のビルには、表側に「無限リバーシブル株式会社」、裏側には「カブシキガイシャ ブルシバーンゲム」と逆さ文字で社名が輝いている。

明日も、ぼくは元気に「おはようございます。リバーシブルでお願いします!」と挨拶するだろう。

きっと、今日も明日も、何もわからないまま。だけど、活気に満ちた職場で満足している。

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