#264 役に立たない発明

ちいさな物語

街外れの古いレンガ造りの工房には、奇妙な発明家が住んでいた。

彼の名はエミールという。見た目はまさに絵に描いたような『変人発明家』。髪はぼさぼさ、服はいつも油まみれだ。

エミールの発明品といえば、例えば『くしゃみする靴』、『泣き出す時計』、『笑い声が聞こえるコップ』など、奇妙で使い道のないものばかりだった。

街の人々はいつも呆れていたが、同時にどこか楽しげでもあった。

子供たちは好奇心いっぱいで工房を訪れ、大人たちは「また役に立たないものを作って」と笑いながら通り過ぎる。

ある日、エミールは『つまらない話をすると、ため息をつく人形』を作った。

「これは何のために?」

そう問われても、エミールはただニヤニヤ笑って答えなかった。

しかし意外にも、この人形が街で評判になった。

つまらない話ばかりする人のそばに置かれた人形が、ため息をつくと、その人は少しだけ面白い話を工夫するようになったのだ。さらに、招いていない訪問者や話の長い先生は人形のため息を聞くと、さっと話を切り上げた。

また別の日、エミールが作った『他人を褒めると花が咲く植木鉢』が人気を博した。

人々は花を咲かせようと、互いに褒め言葉を交わすようになった。

奇妙なことに、エミールの発明品は役に立たないはずなのに、人々の間で小さな幸福を生み出していった。

しかし、そんなエミールにも悩みがあった。

工房の隅には『未完成の発明アイディア』が山積みだった。

「もっと世界を驚かせるすごい発明品を作りたい」と彼は思っていたが、なぜか完璧なものは作れなかった。

ある日、街の名士である資産家が工房を訪ねてきた。

彼はエミールに言った。

「あなたの発明は役には立たないが、人の心を豊かにする。私に完璧な発明品を作ってくれれば、大金を払おう」

まさに自分の目標と一致する依頼だ。大金までもらえれば、さらに良い発明品も作れる。

エミールは張り切って、完璧な発明を目指し試行錯誤を重ねた。

しかし作れば作るほど、出来上がるのは奇妙なものばかり。「完璧」とはどういうものなのか。エミールは悩み始めてしまった。

エミールは、ありとあらゆる「完璧さ」を検討、試行錯誤し、『ただ静かに座っているだけの椅子』というものを作り出した。

それはただの椅子だった。しかし資産家は驚いて叫んだ。

「これは素晴らしい!」

「え、これがですか?」

「そうだとも! これに座れば、余計なことを考えなくていい。私は今まで休むことを知らなかった。信じられないかもしれないが、私は日中、一度も座ったりはしない。なぜなら私がちょっと動くだけでお金がどんどん稼げるからだ。座るのはもったいないと思っていたんだ。だが、この椅子のおかげで気付かされたよ。私に足らなかったものは、まさにコレだ。ありがとう」

その日から、その椅子は『世界で一番役に立たない、けれど最高の椅子』として評判になった。

エミールはようやく気付いた。

彼が本当に作りたかったのは、完璧に役立つものではなく、人々の心を少し豊かにするものだったのだと。

以来、エミールの工房はますます多くの人が訪れるようになった。彼が作る『無駄だけど少し心が和らぐ』奇妙な発明品を求めて。

街の人々は、変なものを作り続けるエミールを温かく見守っていた。なぜなら、彼の発明が彼らに小さな心の豊かさと幸せを与えてくれると知っていたからだ。

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