#265 呪殺、ついに違法化へ

ちいさな物語

長らく『呪殺』は違法ではなかった。

それは単に『科学的に証明できない』という理由で、罪に問えないままだったからだ。それをいいことに呪術師たちは呪術を使っての暗殺や、痴話喧嘩レベルの簡単な報復を高額で請け負い、荒稼ぎをしていた。

呪術師たちは表向き「不幸になれと言って、不幸になるわけないでしょう。気休めを提供しているだけです」と、素知らぬ顔でやりたい放題やってきた。

しかし先日、歴史的な法改正が行われた。

発端は、日本屈指の有名呪術師・京極堂玄斎が政府に提出したある報告書だった。

『呪殺は物理的行為と同等の殺意を伴う行為であり、厳格な取り締まりが必要』

政府はこの提言を異例の速さで採択した。――というのも、昨今、政敵を呪殺するようなことが裏で頻繁に行われており、問題になっていたのだ。その改正に当然、呪術業界は大混乱に陥った。

一方、呪術の存在すらあやしんでいた世間の人々は、半信半疑でニュースを眺めていただけだった。

数年後のある夜、厚労省臨時庁舎の廊下には、蛍光灯より青白い霊子ランプが灯っていた。新米〈術痕解析官〉の白河紬は、胸元の一級呪術師ライセンスを無意識に指でなぞる。

――呪術を使い人を呪えば、それは罪に問われる。呪術師の場合は資格は剥奪されるものとする。

京極堂玄斎の提唱した条文草案を暗唱しながら、彼女は取調室のドアを押し開けた。

テーブルの向こうには、人気配信者〈ウシミツ〉こと藤堂夏生が座っていた。自らを呪いに詳しい研究者と名乗り、SNSで噂になっているライトな呪いや、古来からある呪術を実際に行ってみて、効果を検証するという配信活動を行っている。それでも呪術に関しては素人だと紬にはすぐわかった。

つい先ほど、丑の刻参りをライブ配信していたところ、視聴者の通報があったため現行犯逮捕となった。悪かったのは、現在全国民の敵としてワイドショーを騒がせている、政治家の某氏の実名を使って行為に及んだことだった。

「あなたは呪殺未遂で現行犯逮捕されました。ライブのアーカイブはすでに押収済みです」

紬がタブレットを操作すると、神社の闇を切り裂くハンマーの音が再生された。視聴者の歓声のコメント、笑っている絵文字が画面に踊る。

「ただの悪ふざけだよ。俺は呪術者じゃなくて研究者だ。こんなんで人が死ぬわけないだろ」

「悪ふざけではすみません。あなたがやったことは、包丁で人に襲いかかるのと同じことです。相手がどうなったかは、今は関係ありません。少なくとも現行の法律ではそうなります。――証拠をお見せしましょう」

紬はタブレットに映し出されている映像に向けて霊子蛍光ライトを向ける。

紫外線下に浮かぶのは、心臓の霊脈を示す真紅のライン。釘を打つたび、殺意が「5サツ(殺意を表す単位)」程度上昇していた――格闘家がストレートを打つときと同じくらいだ。

藤堂は目を見開いた。

「そんなおもちゃで呪いを語る気か!」

「おもちゃ? これは科学者が作った正式な測定装置ですよ?」

紬はそう告げ、ライブ映像から出力された霊圧ログをまとめる。「呪殺未遂罪」の見せしめを欲していた検察が、大喜びしそうなデータが殺意以外にも軒並み揃っている。

そして、史上初の〈呪殺未遂〉有罪判決は速報で流れた。

有名配信者だけにファンたちが大騒ぎするのではないかと思われていたが、〈ウシミツ〉は裁判の間に世間からすっかり忘れ去られていた。

一方「呪殺未遂」については、社会は過剰に反応した。

通勤電車で咳をしただけで「呪われた」とSNSに書き込む者、駅前であやしげな護符を高額転売する者。教室では、子どもたちが互いの背中を指差し「呪拳!」と叫び合って遊ぶ。

その混乱を鎮めるため、紬は文科省の会議室に立った。

「呪いは怒りを磨かずに放つ“未ライセンスの拳”です。正しい呼吸法と呪術リテラシー教育が必要です」

呪いと祈りは紙一重。けれどその一重を見極める目こそが、これからの呪術師の資格なのだと、紬は静かに確信した。

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