「虹ってさ、古くなったらどうなるんだろう?」
ある雨上がりの午後、学校の帰り道で、リナがふと呟いた。隣を歩いていたカナは怪訝な顔をして首を傾げる。
「虹が古くなるって、どういう意味?」
リナは空を見上げながら答えた。
「だってさ、虹が消えたあと、その虹はどこに行くの? 捨てられるのかな」
カナは笑って言った。
「虹が捨てられるなんて聞いたことないよ」
しかしリナには、どうしても気になって仕方がなかった。
家に帰っても、頭の中はそのことでいっぱいだった。ネットで検索しても答えは見つからない。図書館の本にも載っていない。
その夜、リナは夢を見た。
薄暗い森の奥に、不思議な老人が立っていた。老人は静かに告げた。
「虹を遺棄する場所はちゃんとあるんだよ」
翌朝、目覚めたリナは居ても立ってもいられず、家を飛び出した。あてもなく歩いていると、昨日の夢とまったく同じ森が現れた。
不思議なほど静かな森だった。鳥の声も、風の音もない。ただ木々の間を、柔らかな光が差していた。
しばらく進むと、小さな小屋が見えてきた。そこにあの老人がいた。彼はまるでリナを待っていたかのように言った。
「ようこそ。昨夜はどうも。君は、古い虹を見に来たのだね?」
リナは戸惑いながらも頷いた。
老人は優しく微笑み、小屋の裏に連れて行った。そこには驚くべき光景が広がっていた。
積み重なった虹の破片が、小さな丘を作っていた。色褪せた虹、切れ端の虹、ぼんやり光る虹――。
「これ、全部捨てられた虹なの?」
リナが呆然と呟くと、老人は穏やかに頷いた。
「そうだよ。人々が見飽きてしまった虹、誰にも気付かれなかった虹、いろんな虹がここに捨てられているよ」
虹の欠片に触れると、不思議な感覚が伝わってきた。懐かしい匂い、昔見た景色、誰かの笑い声。
「虹には記憶が詰まっているんだ」
老人は静かに語った。
「人が虹を見たとき、その一瞬は人の心に刻まれる。でもすぐに忘れられてしまう。忘れられた虹は、行き場を失って、空からここに捨てられるのさ」
リナは胸が痛んだ。美しく輝いていたはずの虹が、こんな風に忘れられてしまうなんて。
「どうにかしてあげられないの?」
リナがそう尋ねると、老人は穏やかな声で答えた。
「大丈夫。ここに来た虹は悲しいわけじゃない。役目を終えて、静かに眠っているだけだよ。ゆっくりと溶けていって、また新しい虹になる」
老人は微笑み、続けた。
「でも、君がこの虹のことを覚えていてくれたら、虹はきっと喜ぶよ」
リナは頷き、心に深く刻み込んだ。
その後、リナが再び訪れることはなかったが、雨上がりの虹を見るたびに、あの場所を思い出した。そして虹を見上げるたび、心の中で小さく呟くようになった。
「あなたのことを、ずっと忘れないよ」
すると虹はほんの少し、長く空にとどまる気がした。
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