#266 虹を捨てる場所

ちいさな物語

「虹ってさ、古くなったらどうなるんだろう?」

ある雨上がりの午後、学校の帰り道で、リナがふと呟いた。隣を歩いていたカナは怪訝な顔をして首を傾げる。

「虹が古くなるって、どういう意味?」

リナは空を見上げながら答えた。

「だってさ、虹が消えたあと、その虹はどこに行くの? 捨てられるのかな」

カナは笑って言った。

「虹が捨てられるなんて聞いたことないよ」

しかしリナには、どうしても気になって仕方がなかった。

家に帰っても、頭の中はそのことでいっぱいだった。ネットで検索しても答えは見つからない。図書館の本にも載っていない。

その夜、リナは夢を見た。

薄暗い森の奥に、不思議な老人が立っていた。老人は静かに告げた。

「虹を遺棄する場所はちゃんとあるんだよ」

翌朝、目覚めたリナは居ても立ってもいられず、家を飛び出した。あてもなく歩いていると、昨日の夢とまったく同じ森が現れた。

不思議なほど静かな森だった。鳥の声も、風の音もない。ただ木々の間を、柔らかな光が差していた。

しばらく進むと、小さな小屋が見えてきた。そこにあの老人がいた。彼はまるでリナを待っていたかのように言った。

「ようこそ。昨夜はどうも。君は、古い虹を見に来たのだね?」

リナは戸惑いながらも頷いた。

老人は優しく微笑み、小屋の裏に連れて行った。そこには驚くべき光景が広がっていた。

積み重なった虹の破片が、小さな丘を作っていた。色褪せた虹、切れ端の虹、ぼんやり光る虹――。

「これ、全部捨てられた虹なの?」

リナが呆然と呟くと、老人は穏やかに頷いた。

「そうだよ。人々が見飽きてしまった虹、誰にも気付かれなかった虹、いろんな虹がここに捨てられているよ」

虹の欠片に触れると、不思議な感覚が伝わってきた。懐かしい匂い、昔見た景色、誰かの笑い声。

「虹には記憶が詰まっているんだ」

老人は静かに語った。

「人が虹を見たとき、その一瞬は人の心に刻まれる。でもすぐに忘れられてしまう。忘れられた虹は、行き場を失って、空からここに捨てられるのさ」

リナは胸が痛んだ。美しく輝いていたはずの虹が、こんな風に忘れられてしまうなんて。

「どうにかしてあげられないの?」

リナがそう尋ねると、老人は穏やかな声で答えた。

「大丈夫。ここに来た虹は悲しいわけじゃない。役目を終えて、静かに眠っているだけだよ。ゆっくりと溶けていって、また新しい虹になる」

老人は微笑み、続けた。

「でも、君がこの虹のことを覚えていてくれたら、虹はきっと喜ぶよ」

リナは頷き、心に深く刻み込んだ。

その後、リナが再び訪れることはなかったが、雨上がりの虹を見るたびに、あの場所を思い出した。そして虹を見上げるたび、心の中で小さく呟くようになった。

「あなたのことを、ずっと忘れないよ」

すると虹はほんの少し、長く空にとどまる気がした。

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