#270 イグアナ通学路

ちいさな物語

朝、目を覚ましてカーテンを開けると、いつものように巨大なイグアナが庭にいた。

俺は制服に着替え、トーストをくわえながら外へ出る。イグアナはすでに俺を待っていた。

「おはよう、グスタボ」

そう、俺はこいつをグスタボと呼んでいる。名前の由来はよく覚えていないが、子どもの頃からずっと一緒だった。

グスタボの背中に飛び乗ると、ざらざらした鱗の感触が心地いい。手綱なんてないが、俺が乗ると彼は勝手に歩き出す。

ご近所の人たちは特に驚く様子もなく、「おはよう」と挨拶を交わす。俺も「おはようございます」と返す。

グスタボはゆっくりと住宅街を抜け、商店街を進み、坂道を上って学校へ向かう。道中、同級生たちが自転車や徒歩で通学しているが、誰も俺の乗り物について何も言わない。

俺はいつもどおりグスタボを駐輪場にとめて、大根の葉っぱを与えた。

――それが、当たり前だからだ。

ある日、ふと気づいた。

「……おかしくないか?」

俺はグスタボの背中の上で、ぼんやりと考えた。

なぜ俺はイグアナに乗っている? 誰も気にしていないようだが、自分以外でイグアナに乗っている人がいない。

そもそも、こんな巨大なイグアナが普通に街を歩いていて、誰も気にしないのはおかしいのでは?

家に帰って、母に聞いてみた。

「ねえ、俺って昔からグスタボに乗って通学してたっけ?」

母は不思議そうな顔をした。

「何言ってるの? あんた、毎日歩いて学校に行ってるじゃない」

「……え?」

俺は息を呑んだ。

「だって、グスタボに乗ってるじゃん」

母は困ったように笑う。

「あんた、それ、夢の話?」

俺はそれ以上何も言えなかった。

翌朝、目を覚ましてカーテンを開けると――グスタボは、ちゃんといた。

昨日のことは何だったんだろう? 母は「歩いている」と言った。でも、俺は確かにグスタボに乗っている。

「……まあ、いいか」

俺はいつも通りグスタボの背中に飛び乗った。

道を進むうちに、昨日の違和感も薄れていった。

だって、ほら――

誰も俺を不審な目で見ないし、グスタボも相変わらず頼れる相棒なのだから。

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