#271 風の旅路

ちいさな物語

「どうして私がこんな無計画な男と旅をする羽目になったのだろう」

魔道士エルドは深いため息をついた。

彼の前で陽気にリュートをかき鳴らしているのは、楽士のジーノ。

天性の放浪者である彼は、旅する町々で歌と酒を楽しみながら自由気ままに生きている。

一方、エルドは計画性を重視する、正統派エリート魔道士。国立魔法省に勤め、日々規律正しい生活をしている。

そんな相性最悪の二人が、なぜか魔物の討伐という大それた使命を帯びることになってしまったのだ。

発端はつまらない喧嘩だった。

エルドが酒場で夕食のメニューについて考えを巡らせていると、ジーノが突然騒ぎ出し、派手に暴れたのだ。どうやら投げ銭をくすねられたとかそういう、くだらないことらしい。

エルドは考え事をしているのを妨害されるのが一番腹が立つ。拘束の魔法を放ちジーノを止めようとしたが、素早く避けたジーノが、ある人物に派手にぶつかってしまった。

その人物とは、なんと、この国の王子だった。お忍びで街の様子を見に来ていたのだ。

王子に怪我はなかったが、公共の場で暴れたり、魔法を放つのはマナー違反だと、いたくご立腹だった。

もちろんエルドは納得いかない。暴れたのはジーノと他の客で、エルドはそれを止めようとしたのだ。たまたまその時、ジーノとエルドが対峙していただけのことだった。

王子は、「そんなに暴れたければ、ここから南に行ったセルドゥの町の人々が魔物に困っている。それを倒してこい」と、二人に命令した。

王子の命令には逆らうことができない。

エルドは当初この命令を回避可能か、回避できない場合はどうするのが最適か、真剣にあらゆる可能性を検討していたが、ジーノはその間に酒瓶片手に荷造りしていた。

「おもしれえじゃねえか、何が起こるかわからねぇから旅ってのはいいんだ!」

考え込んでいるエルドの隣でジーノは食料も武器も適当に詰め込んでいる。

「そんな装備でセルドゥの町まで行こうっていうのか。案外、遠いぞ」

見かねたエルドが声をかけると、ジーノは「必要なものがあったら、その場で作るか、最悪買えばいいだろう」と、豪快に笑っている。

エルドは丹念に旅程を組み、地図を広げて効率的な経路を算出した。すごく嫌だが、ジーノと二人手を組んだ方が仕事が早く済むのには間違いない。

エルドは魔法省の魔道士で腕には自信がある。しかし、前衛がいるに越したことはないのが現実だ。ジーノは楽士と言っているが、どういうわけか腕っぷしが強い。

ところが、旅が始まった途端、ジーノはエルドの綿密な計画を完全に無視しはじめた。

近道の森に入るつもりが、ジーノが歌いながら逆方向へ進んでしまうのだ。

「なぜ計画を無視する!」

エルドが詰め寄るとジーノは笑って返す。

「いや〜、だって、ほら、あそこお花が咲いてる」

「お花が咲いてるのはお前の頭の中だ」

案の定、二人は迷子になった。

夜になり、森の奥深くで焚き火を囲む羽目になったとき、ジーノは満足そうに言った。

「こういう無計画な旅ほど記憶に残るもんだぜ」

「お前との思い出を作るために旅をしているのではない」

「え? そうなのか?」

エルドは呆れて返す言葉もない。

だが、不思議と当初よりはイラ立っていない。慣れたというか、諦めたというか……。

その後も旅は波乱の連続だった。しかしエルドの目論見通り、二人はお互いの欠点を補完し合い、問題を乗り越えてゆく。

野盗に襲われるも、ジーノが圧倒的な力で返り討ちにしたかと思えば、魔力が必要な難所ではエルドが華麗に道を切り拓く。

徐々に二人は、お互いの意外な頼もしさに気づき始めていた。

ある日、町の宿屋で帳簿をつけていたエルドは、小銭を無造作に放り出すジーノを見て我慢できなくなった。

「ジーノ、いつも言っているが、金はきちんと管理しろ! 明日飢えれば後悔するぞ!」

だがジーノは陽気に笑い返した。

「細けえなぁ、お前は」

「いや、この際言っておくが、お前は雑すぎるんだよ。金がなくなれば、簡単に解決できるような問題でつまずく。それに計画は命を守るために立てるんだ」

「いや、説教はいいよ」

ジーノはうんざりしたように肩をすくめる。

「いいや、聞け。俺の村は無計画で金銭感覚のない男のせいで全滅してるんだ。その男が俺の親父だよ。魔道士としての腕はあったから、余計にたちが悪かった。金欲しさに、無計画に禁呪を使いやがったんだ」

さすがのジーノもはっとしたようにエルドを見た。

「お前はその無計画でこれまで生きてこれたんだから、運がよかったんだな。――だが、俺を巻き込むのはやめてくれよ」

言い捨てると、エルドは肩を怒らせて部屋を出て行った。

翌日、ジーノは酒場でリュートを奏でていた。一応楽士である。足元には少なくはない投げ銭がたまっている。

エルドはちらりとそれを見やると、問いかけるようにジーノの顔を見る。ジーノはそれに答えるようにニヤリと笑った。

ジーノが稼ぐ投げ銭は二人の旅路を大いに助けるものとなった。

そしてついにセルドゥの町が目前に迫った時、エルドは珍しく緊張した表情で言った。

「ジーノ、ここからはさらに計画が大事だ。頼むから従ってくれ」

「わかってる。わかってる」

ジーノは肩をすくめて答えた。

しかし、セルドゥの村に入り、すぐに二人は違和感を覚えた。

村人たちは特に悲壮感もなく、とても平和に暮らしていた。もちろん魔物におびやかされているからといって四六時中びくびくしていなければならないということはないが――。

「話を聞いてみよう」

しかし二人が王都から来たと告げると村人たちは一様に口をつぐんで、きょどきょどと辺りを見渡し、「畑作業が立て込んでいて」「子供が泣いているので」と、走り去ってしまう。

エルドは深くため息をついた。

「読めたぞ。俺の一番きらいな連中だ。無計画なバカ野郎どもが」

村長をつかまえて話を聞いたところ、あっさりと魔物に困っていると嘘をついていたことを認めた。

王都は遠く、実際に魔物を倒せるような人が来るとは思わなかったらしい。これまで魔物の被害を訴え続け、細々と補助金をくすねて来たようだ。

「とんでもねぇことしやがるなぁ」

不機嫌なエルドを尻目に、ジーノは大笑いしている。

「帰るぞ」

むっつりしたまま踵を返すエルドのことをジーノはまた笑った。

「お前のおかげで楽しい旅だったよ」

「どこがだ。最悪だ」

憤然としつつも、エルドは帳面を手に帰りの旅程の検討を始めていた。

それを見て、ジーノはまた大笑いした。

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