#274 闇の覚醒者、コンビニへ行く

ちいさな物語

長すぎる昼寝から目覚めた。

夜の帳が降り、漆黒の闇が世界を覆い尽くしている。

「ふっ……今宵もまた、俺の力を呼ぶ刻(とき)が来たようだな」

月明かりに照らされた部屋の鏡に向かって、俺は黒いフードを深くかぶり、鋭い眼光を向けていた。

そう、俺こそが『闇の覚醒者』、すべての世界を司る運命の支配者――と、脳内設定を語る。

腹の虫が空腹を訴えてきた今、俺は使命を帯び、深夜の街へと歩き出す。

目的地は……近所のコンビニだ。

玄関の扉を静かに開く。

「闇よ、我が進路を照らせ」

小声で呟き、スマホのライトを点けた。

階段を下りる動作すら、『踊影のステップ』と脳内で呼ぶ。

家の外に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。

「ほう……今宵の風は冥府の嘆きを運んでいるな」

少し肌寒い夜風だ。ちょうどいい。俺は「クククッ」と、小さく笑った。

住宅街を進む。闇に沈んだ家々は、まるで『封印されし墓標』のようだ。何も知らない小市民たちは、テレビを見ながら食事でもしているようだが。

路地を抜けると、煌々と明るく輝く街灯が目に入る。

「邪なる光よ……俺の闇を照らすとは愚かな」

しかし実際は、明るくて視界が良くなり、安全に歩きやすくなった。俺は目の前にスマホをかざして、サッと横へスライドさせるような仕草でライトを消した。

横断歩道にたどり着くと、信号機が俺を阻むように点滅する。そして、赤信号が灯った。

「赤き封印か……いいだろう。今宵はよい夜だ。力の解放(信号待ち)まで、しばし待つとしよう」

俺は堂々と腕を組み、黒いフードを深くかぶり、じっと信号を待つ。

向かい側にいた犬の散歩をするおじさんが、怪訝な表情を俺に向ける。

(ふん、凡人には俺の闇のオーラが感じ取れまい)

信号が青に変わる。

「解き放たれし運命の道よ……俺を受け入れよ!」

実際は、ただの青信号で渡るだけだ。

ついにコンビニが見えてきた。

明るすぎる看板を睨みつけながら、店内へ足を踏み入れる。自動ドアが開く音は、『禁断の扉』が開かれた合図だ。

店員が「っしゃいませー」と気怠い声をあげる。

俺は小さく頷く。

(この世界で俺の存在に気づいている者はわずかだ。コンビニの店員レベルではわかるまい)

カップ麺コーナーへ向かい、『焔獄の業火麺(激辛カップラーメン)』を手に取った。

「この俺にふさわしい漆黒の供物だ……」

ついでに『暗黒なる覚醒の水(ただのミネラルウォーター)』も購入する。

レジに並ぶ。

前には中年男性が数本のビールを買っていた。

「ふん……魂の闇に酔うか……悪くない選択だな」

などと、勝手に脳内ナレーションをつけている。

順番が来た。

「324円ッス」

店員が告げる。俺はゆっくりと財布を取り出し、『魔界の通貨』こと百円玉を三枚と二十四円を差し出す。

「あざっした〜」

店員の声を背に受けて店を出ると、再び闇の世界へ戻った気がした。やはり闇の中の方が肌に馴染む。

帰り道、ベンチに座っているカップルがいた。仲良さそうに笑い合っている。

「愚かな……闇に魅入られし愚者たちよ。その微笑みも幻影であると知るときが来る」

実際には、ただ幸せそうな普通のカップルだ。

そして再び横断歩道。

だが、今度は少し年上の若者グループが俺を見ている――ような気がする。

俺は内心焦りながらも、『闇の支配者』らしく無表情を装い、青信号を待つ。

家に辿り着き、部屋に戻る。

ふぅ……とため息をつき、フードのまま『焔獄の業火麺』のフィルムをはがした。

「闇よ……明日もまた共に歩もう」

そう言って、俺は『焔獄の業火麺』にお熱湯を注ぎ、「刻よ! 我に告げよ!」と、タイマーをかけた。硬め好きなので、やや短めに。

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