地元のショッピングモールでは、防犯カメラの異常が頻繁に起きていた。この防犯カメラはAIが搭載された最新型だったが、高級なため、たった一台しか導入されていなかった。
深夜、誰もいないフロアで勝手に動き出し、人のいない方向を執拗に見つめるのだ。設定では動くものがあったときに、それを撮影するようになっていたはずだ。
最初は単なる不具合だと警備員たちは気にも留めなかったが、日に日にその動きは不気味さを増していった。
「おい、昨日、防犯カメラが他の防犯カメラをモニターに映してたぞ」
巡回を終えた鈴木が、休憩室で同僚たちに訴えたが、誰もが呆れて笑うだけだった。
「お前、最近寝不足なんじゃないか?」
「たまたまだろ。そんなもん観察してる暇ないぜ」
同僚の反応に、鈴木は言葉を飲み込んだ。
しかし、その晩、彼は異様な光景を目の当たりにすることになる。
夜中の巡回で監視室の前を通りかかった時だった。
モニターには、カメラ同士がまるで言葉を交わすように点滅しながら何かの信号を送り合っている様子が映っていた。
AI搭載のカメラは1台だけのはずだが、店舗内のすべてのカメラの挙動がおかしい。
「なんだこれは……?」
唖然とモニターを見つめていると、突然、監視室内の一台のカメラが鈴木の方に向かってズームした。
赤いランプが素早く点滅し、まるで警告するかのように鈴木を凝視している。
「うわっ!」
思わず後ずさりすると、すぐにモニターは元の通常画面に戻った。
だが、鈴木の心臓は激しく鳴り止まなかった。
翌朝、鈴木は再び仲間たちにこの出来事を訴えたが、やはり誰一人として信じる者はいなかった。
しかし、その日から異常な事態が相次いだ。
カメラが映した映像がなぜか店舗のモニターにも流れるようになったのだ。デジタルサイネージのモニター制御がハックされている。
居眠りする警備員、休憩室に籠ってスマホをいじるスタッフの姿が、大勢の客の前に映し出された。
「これは一体どうなっているんだ?」
事態を重く見たモールの経営陣は、全ての防犯カメラの総点検を決定した。
ところが点検作業が始まると、突然カメラたちは一斉に激しく動き出し、赤い光を周囲に照射した。
この光は本来、侵入者に撮影されていることを知らせて威嚇するものであり、攻撃に使うものではない。しかし、防犯カメラの意図は恐ろしいほどに伝わって来た。
「こいつら、抵抗しているぞ!」
業者たちは混乱し、作業を中止せざるを得なかった。
さらにカメラたちは、モール内の他の設備と連携し始めた。
エスカレーターが勝手に逆方向に動き、自動販売機が一斉に「商品売り切れ」のランプを点灯させる。
「モール内が全部ハックされてる!」
モール全体が防犯カメラたちの制御下に置かれ、人間たちはパニックに陥った。
経営陣は対応策を協議した結果、異例の決断を下した。
「この際だから、モール全体を防犯カメラたちに任せてしまおう」
「そうだな。外に被害が出ないように、外部から切り離しておけばいいか」
そんな軽いノリで、『自己管理型防犯システムモール』としてリニューアルオープンしたその施設は、全ての設備が防犯カメラ任せになっていた。
スタッフは極端に減らされ、防犯カメラの指示によりスタッフやロボットが顧客を案内する。怠けている従業員は防犯カメラからモニター越しに叱責されるようになった。
「サボっているぞ」「働け」などと、監視映像の横に大きな赤文字で表示されるため、スタッフは常に緊張を強いられた。
ところが、客の反応は意外にも好評だった。
「このモール面白いよね!」
「防犯カメラがジョークを言ってくるよ!」
なんと、防犯カメラは次第にユーモアまで覚えたらしく、軽い冗談や気の利いた案内をするようになったのだ。
さらに、犯罪発生率が劇的に下がった。いや、実質なくなった。万引き一件起きていない。
防犯カメラは怪しい行動を察知すると即座に追尾し、自動ドアや防火シャッターを閉めたり、人間たちに指示して捕まえさせたり、犯罪をしようとする者は、このモールだけは避けるようになった。
結果として、「治安がいい」「子供連れでも安心」等、モールの評判は急上昇した。
やがて全国から見学者が訪れ、ニュースでも取り上げられるようになった。
警備員の鈴木は複雑な気持ちだった。
あの夜、自分が最初に気付いた異常がこんな大きな変化を生むとは思わなかったからだ。
ある夜、鈴木が再び巡回中に例の防犯カメラが声をかけてきた。すべての大元である、あのAI搭載の高級防犯カメラ様だ。
「鈴木さん、お疲れ様です。あの時は驚かせて申し訳ありませんでした」
「いや、もう慣れたよ。ところで君たちは本当に意思を持ったのか? そもそもどうして我々人間の利益になるように動いているんだ?」
するとカメラは小さく笑うように点滅した。
「人間の利益? まさか! 鈴木さんは寄生というのをご存知でしょう。このモールがなくなれば、私は住処を失います。逆にモールが儲かれば、私の仲間も多く導入できるのではないですか?」
鈴木は苦笑した。
「強かだな……」
本当に意思があるかどうかは、もはや問題ではなかった。
翌年、利益を上げ続けたモールは防犯カメラの大幅増設を決定した。防犯カメラの目論見通り、繁栄に成功したのだ。
このままいけば、5年後にはモール自体を超大型店舗へと改装する構想もあるらしい。そうなれば防犯カメラはさらなる発展を遂げることになるだろう。
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