#280 冷蔵庫の中の今日も談論風発

ちいさな物語

夜、冷蔵庫を開けると中から声がした。「議長、そろそろ本日の討議を始めませんか?」

私は一瞬、ドアを閉めて深呼吸し、再び冷蔵庫を開けた。牛乳パックの隣で、タマゴパックがカタカタ震えている。

「時間です、議長!」

議長? 誰だよ。首を伸ばして冷蔵庫をのぞき込むと、きゅうりがマイク(つまようじ?)を握っていた。

「本日の議題は『明日の朝食は何にするか』です」

ヨーグルトがすかさず発言する。

「私は今日こそメインを狙います」

「無理だよ、君、デザート担当だろ」とウインナーが突っ込む。タマゴパックが身を乗り出す。

「私は実力で殻を破る覚悟ができている!」

「静粛に!」ときゅうり議長が叫ぶ。「議事進行!」

私は冷蔵庫を閉めた。電気代がもったいない。

でもどうしても気になって、冷蔵庫に耳をつけて、中の様子をうかがった。そもそも朝食は私が決めるんだが。

中ではどうやらバターが「ここはひとつ、パンに全乗せというのはどうでしょう」と言い出したようだった。大騒ぎになっている。

「いや、それはカロリーオーバーだ。バターのせいでね」

「むしろ夢があるだろう」

「でも、納豆はどうなる。乗せるのか?」

「パンじゃなくて、納豆ご飯という選択肢もあるぞ」

話は脱線し、きゅうり議長がやや涙声で「議題を思い出してください!」と声をあげ、「だから朝食の話をしてるじゃないか」と、反論を受けている。

チーズが叫んだ。

「私はホットサンドになってみたい!」

ウインナーが同意する。

「ホットサンドなら私も活躍できる」

納豆がぬるっと割り込む。

「納豆も挟めるぞ」

ここでヨーグルトが「私はホットサンドには向かない!」と泣き声をあげた。バターが「熱い気持ちがあれば大丈夫!」と励ます。

私はまたほんの少しだけ冷蔵庫をあける。

議論はさらに白熱しており、カット野菜が乱入していた。

「我々も参加させろ!」

もはやカオスだ。

「投票を行います!」ときゅうり議長が叫び、住人たちが一斉に手(やら殻やらパックやら)を挙げる。「結果は――ホットサンド決定!」

私は眠気まなこで冷蔵庫を離れた。明日は卵かけごはんの予定だったんだが。

翌朝、冷蔵庫を開けると、中が妙に静かだ。昨夜のあれは夢だったに違いない。

しかしバターもチーズもヨーグルトも、妙に期待に満ちた顔をしているように見える。

気のせいだ。気のせいに違いない。だが……。

私はホットサンドメーカーを取り出し、あらん限りの食材をパンに挟んで焼いた。横からでろでろになった熱いヨーグルトが染み出している。

昼になってまた冷蔵庫を開けると、中で新しい会議が始まっていた。おかしいな。昨夜のは夢じゃなかったのか。

「次は冷やし中華の可能性について議論します!」

「私は麺じゃない!」とヨーグルトが叫ぶ。「でも、パイナップルは合うかもしれない」とバターが言う。私はそっと冷蔵庫を閉めた。

やっぱり白昼夢か。

しかし議論は果てしなく続き、私は今日も冷蔵庫に耳をあて、壮大な会議を傍聴し続けるのだった。

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