俺は勇者に憧れていた。
子供の頃からのゲームオタクで、勇者たちの冒険物語に夢中。いつか必ず勇者の仲間として魔王を倒す――その夢を叶えるために、俺は可能な限りあらゆる修行を積んだ。
そして、交通事故からの異世界転生と、とんとん拍子に話は進む。
転生後は魔法を覚え、剣術を磨き、怪物を相手に戦闘訓練を重ねた。
だが、勇者パーティーに入るには、ちょっと優秀くらいの能力では全然手が届かない。ここからは、どうしたらいいのかわからず、途方に暮れていた。
そんなある日、俺は修行中にとある不思議な石碑を見つけた。
石碑にはこう刻まれていた。
「真に勇者を望む者、汝に力を与えん」
これだ! 俺は迷わず石碑に手を触れた。その瞬間、まばゆい光が俺を包んだ。
目覚めると、俺の身体には異常なまでの力がみなぎっていた。
魔力があふれ、手を振るだけで岩は砕け、大地が揺れる。
「これが噂のチートスキルってやつか! 普通は転生した時に貰えるもんだが……。まぁ、でも、これで俺も勇者の仲間になれるぞ!」
そう確信して勇者パーティーに合流しようとした、そのとき――背後から不気味な影が現れた。
「その力、素晴らしい……!」
振り返ると、魔王軍幹部然とした異形の連中が目を輝かせて俺を見ていた。
「君のその力、我が軍に欲しい。いや、ぜひとも幹部として迎え入れたい!」
「はぁ!? 俺は勇者パーティーに入りたいんだ! あんたらどう見ても悪役じゃないか」
だが彼らは俺の言葉を聞かず、わいわい騒ぎながら、俺を抱えて、魔王軍の城へと連れて行った。
連れて行かれた先は、禍々しい魔王城の玉座の間。幹部たちが口々に称賛し、魔王本人までが立ち上がり、俺の前でこう言った。
「貴様こそ我が後継者! 新たなる魔王となるがよい!」
なぜか大歓声。どうやら俺のチート能力は、魔王すら圧倒するほど強力だったらしい。
「いや、待ってくれ! 俺は勇者たちの仲間になりたいんだ!」
「勇者? あんな貧弱な連中より、魔王の方がずっと格好いいぞ?」
俺の言葉は誰にも届かず、いつの間にか豪華な魔王のマントを羽織らされ、玉座に座らされてしまった。
翌日、勇者一行が俺たちを倒しにやって来た。タイミングが悪すぎるが、一応、念願の勇者パーティーとの対面だ。チャンスといえば、チャンス。
「待て、勇者! 俺は君たちの仲間になりたいんだ!」
そう叫んだが、玉座に座った俺を見て勇者は言った。
「出たな魔王! 貴様を倒して世界を救う!」
あれ? 耳、遠いのかな。
話が通じない。勇者一行は本気で攻撃を仕掛けてくる。俺は仕方なく軽く魔法で応戦するが、その威力があまりに凄まじすぎて、勇者パーティーはすぐに退却してしまった。
「あれ? 俺、何してるんだろう……。勇者を撃退してしまった?」
その後も、俺はなんとか勇者に誤解を解いてもらおうと努力した。
「俺は善良だ!」と旗を掲げて勇者の村に行けば、住人は恐怖に震え逃げ惑う。
「俺と話し合ってくれ!」と使者を送れば、「これは新手の罠だ!」と余計に警戒される。
魔王軍の幹部たちは、そんな俺を「なんと策士な新魔王様!」と賞賛するばかりで、俺の言うことを一向に理解しない。
旧魔王はもはや世界征服には見向きもせずに、盆栽(明らかに異形な植物)などを育てて、たまに見せにくる。
だが、徐々に気づき始めた。
魔王軍で過ごすうち、案外悪くない奴らが多いことに。
料理好きのゴブリンは、俺に最高の料理を振る舞い、読書好きの悪魔は知識を惜しみなく与えてくれた。
戦闘訓練に付き合ったドラゴンは案外繊細で、相談事もできる良い友達になった。
ある日、俺はまた玉座で悩んでいた。
「勇者パーティーに入りたいのに、どうしてこうなったんだ……」
そこへ、老齢の側近がそっと近づいて囁いた。
「魔王様、本当に勇者に憧れているのなら――」
「なら?」
「この世界を平和にしてしまえばよろしいのでは?」
俺ははっとした。
確かに、魔王は人々を虐げて、世界を征服しなければならない――などという決まりはない。世界が平和になれば勇者などいらないし、魔王軍も存在意義を失う。
「そうだ! それだ!」
俺は即座に軍を指揮し、魔王軍を率いて平和維持活動を開始した。
荒れ地に木の苗を植え、凶暴なモンスターを保護し、適切にしつけを施す。自然公園を作り、争いのあった地域を仲裁し平和協定を結ばせた。そして魔王軍を再編成し、世界の警察のような役目を担わせる。
その成果により、世界は驚くほど平和になった。
いつしか俺は、「魔王なのに、誰よりも平和を望む不思議な男」として伝説になっていた。
勇者一行もやがて、俺の行動に感銘を受けたらしく、とうとう和解の申し出にやって来た。
俺はようやく勇者と握手を交わし、満面の笑みで叫んだ。
「やった、これで俺も勇者の仲間だ!」
勇者は微笑んで返した。
「いや、あなたはもう勇者以上だよ」
結局、俺は勇者の仲間ではなく「世界を平和にした魔王」として歴史に名を残すことになったのだった。
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