目覚めて時計を見ると、毎朝決まって午前7時30分。 窓の外では必ず同じ小鳥がさえずり、同じ車が家の前を通る。
「あれ、今日も昨日と同じだな」
最初はそんなもんかと思っていた。
しかし、何日経っても何も変わらない。学校に通い、同じ友達と話し、同じような授業を受け、放課後も特別なことは起こらず、夜には同じ時間に眠りにつく。
それでも少しだけ違う出来事が、日常の隙間に紛れ込むこともある。
ある日は友達の佐藤が弁当を忘れたり、別の日は幼なじみの美香が猫を拾ってきたり。でもその猫は翌日消えていた。
ちょっとしたハプニングは起きるが、何かが大きく変わるわけではない。変わりそうなことが起こっても、次の朝が来ればリセットされる。
そんな毎日を繰り返しているうちに、僕は違和感を覚えた。
「僕たちは……本当に成長しているのか?」
鏡を見ても、僕はずっと同じ容姿だ。身長も伸びず、髪型も変わらない。服装も決まった数パターンが繰り返されるだけ。
ある日、勇気を出して友達に尋ねてみた。
「佐藤、お前、昨日のこと覚えてる?」
「昨日? ああ、確か弁当忘れたっけ。でもまぁ、別に気にしてないな」
彼はあっけらかんと答えるが、目がどこか遠くを見ているように感じた。
「俺たち、毎日が繰り返されてる気がするんだよ」
「気のせいだろ?」
佐藤の笑顔には疑問すら感じない。だが、僕の中の違和感はどんどん大きくなっていった。
そんなある夜のことだ。 突然、部屋の壁がぐにゃりと揺らいだ。
「な、なんだ?」
歪んだ空間から、不思議な姿をした存在が現れた。それは何かを確認するようにこちらをじっと見つめている。
「あなた、気づいたの?」
「君は……誰?」
「私は物語の外側の存在。あなたたちは日常アニメの登場人物よ」
衝撃だった。僕はアニメの中の住人だったのだ。
「だから毎日が同じで、成長もしないの?」
「そう。ここは安全で穏やかな世界。視聴者が求めるのは変わらない日常。だけどあなたは……気づいてしまった」
僕はこの世界に疑問を持つキャラクターとしては設定されていなかったらしい。完全なる事故だ。
「どうしたらここから出られる?」
「出る必要がある? ここはとても心地よい場所。あなたが成長する苦しみを免除されているし、何かあっても毎日リセットされるから、誰も悲しまない世界よ」
「それでも、僕は外の世界に行きたい」
存在は静かにうなずいた。
「ならば、ループを破壊しなさい。日常の中に隠れた定番事象、いわゆる『お約束』を乱すこと。それが唯一の出口の鍵になるはず」
翌日、僕はすぐに行動を始めた。いつもの朝、教室で突然立ち上がり大声で叫んだ。
「今日は学校をサボって海に行こう!」
友達はとまどってしまい、誰ものってこなかった。僕の言動はなかったことにされ、結局いつも通りの展開に戻されてしまった。
次の日は、学校の屋上で大声で歌った。だが結局、誰もそれに興味を示さず、淡々と日常が進んだ。
それから何日も何日も、僕は色々な試みを続けた。奇抜な服装、意味不明な行動、奇妙な提案。しかし結局、世界は必ず「元の日常」に戻ってしまう。
諦めかけていたある日、ふと気がついた。
「周囲と一緒に何かを変えようとしないと埒が明かない」
そして翌朝、僕はクラスメイトを呼びかけて一つの計画を立てた。
「みんなで街中を踊りながら歩こう!」
最初は奇妙な顔をしていた仲間たちも、僕は熱心に説得し、少しずつ協力を募った。
やがてクラス全員が街を練り歩き、大人も子供もその異様な光景に目を丸くした。
いつもの日常が明らかに崩れ始めている。そして街を一周し、学校に戻った瞬間、空間がまた揺らぎだした。
「やった……ループが壊れた!」
喜ぶ僕に、あの存在が再び現れた。
「おめでとう。あなたは日常のループを破壊した。でも、外の世界は甘くない。後悔しない?」
僕は迷わず首を振った。
「後悔なんてしない。新しいことに挑戦できるなら、成長できるなら、それが一番だ」
存在は微笑み、世界は眩い光に包まれた。
次の瞬間、目覚めると、午前7時35分。はじめて寝坊した。
洗面所に立つと、髭が伸びていた。ずっとつるつるだったのに。そこには成長も変化もあり、昨日とは違う今日が確かに存在していた。
僕は初めて、日常アニメの外側で息を吸った。
そして、少し不安ながらも胸を弾ませ、未知の世界へ踏み出していった。
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