#290 繰り返される日常アニメからの脱出

ちいさな物語

目覚めて時計を見ると、毎朝決まって午前7時30分。
窓の外では必ず同じ小鳥がさえずり、同じ車が家の前を通る。

「あれ、今日も昨日と同じだな」

最初はそんなもんかと思っていた。

しかし、何日経っても何も変わらない。学校に通い、同じ友達と話し、同じような授業を受け、放課後も特別なことは起こらず、夜には同じ時間に眠りにつく。

それでも少しだけ違う出来事が、日常の隙間に紛れ込むこともある。

ある日は友達の佐藤が弁当を忘れたり、別の日は幼なじみの美香が猫を拾ってきたり。でもその猫は翌日消えていた。

ちょっとしたハプニングは起きるが、何かが大きく変わるわけではない。変わりそうなことが起こっても、次の朝が来ればリセットされる。

そんな毎日を繰り返しているうちに、僕は違和感を覚えた。

「僕たちは……本当に成長しているのか?」

鏡を見ても、僕はずっと同じ容姿だ。身長も伸びず、髪型も変わらない。服装も決まった数パターンが繰り返されるだけ。

ある日、勇気を出して友達に尋ねてみた。

「佐藤、お前、昨日のこと覚えてる?」

「昨日? ああ、確か弁当忘れたっけ。でもまぁ、別に気にしてないな」

彼はあっけらかんと答えるが、目がどこか遠くを見ているように感じた。

「俺たち、毎日が繰り返されてる気がするんだよ」

「気のせいだろ?」

佐藤の笑顔には疑問すら感じない。だが、僕の中の違和感はどんどん大きくなっていった。

そんなある夜のことだ。
突然、部屋の壁がぐにゃりと揺らいだ。

「な、なんだ?」

歪んだ空間から、不思議な姿をした存在が現れた。それは何かを確認するようにこちらをじっと見つめている。

「あなた、気づいたの?」

「君は……誰?」

「私は物語の外側の存在。あなたたちは日常アニメの登場人物よ」

衝撃だった。僕はアニメの中の住人だったのだ。

「だから毎日が同じで、成長もしないの?」

「そう。ここは安全で穏やかな世界。視聴者が求めるのは変わらない日常。だけどあなたは……気づいてしまった」

僕はこの世界に疑問を持つキャラクターとしては設定されていなかったらしい。完全なる事故だ。

「どうしたらここから出られる?」

「出る必要がある? ここはとても心地よい場所。あなたが成長する苦しみを免除されているし、何かあっても毎日リセットされるから、誰も悲しまない世界よ」

「それでも、僕は外の世界に行きたい」

存在は静かにうなずいた。

「ならば、ループを破壊しなさい。日常の中に隠れた定番事象、いわゆる『お約束』を乱すこと。それが唯一の出口の鍵になるはず」

翌日、僕はすぐに行動を始めた。いつもの朝、教室で突然立ち上がり大声で叫んだ。

「今日は学校をサボって海に行こう!」

友達はとまどってしまい、誰ものってこなかった。僕の言動はなかったことにされ、結局いつも通りの展開に戻されてしまった。

次の日は、学校の屋上で大声で歌った。だが結局、誰もそれに興味を示さず、淡々と日常が進んだ。

それから何日も何日も、僕は色々な試みを続けた。奇抜な服装、意味不明な行動、奇妙な提案。しかし結局、世界は必ず「元の日常」に戻ってしまう。

諦めかけていたある日、ふと気がついた。

「周囲と一緒に何かを変えようとしないと埒が明かない」

そして翌朝、僕はクラスメイトを呼びかけて一つの計画を立てた。

「みんなで街中を踊りながら歩こう!」

最初は奇妙な顔をしていた仲間たちも、僕は熱心に説得し、少しずつ協力を募った。

やがてクラス全員が街を練り歩き、大人も子供もその異様な光景に目を丸くした。

いつもの日常が明らかに崩れ始めている。そして街を一周し、学校に戻った瞬間、空間がまた揺らぎだした。

「やった……ループが壊れた!」

喜ぶ僕に、あの存在が再び現れた。

「おめでとう。あなたは日常のループを破壊した。でも、外の世界は甘くない。後悔しない?」

僕は迷わず首を振った。

「後悔なんてしない。新しいことに挑戦できるなら、成長できるなら、それが一番だ」

存在は微笑み、世界は眩い光に包まれた。
次の瞬間、目覚めると、午前7時35分。はじめて寝坊した。

洗面所に立つと、髭が伸びていた。ずっとつるつるだったのに。そこには成長も変化もあり、昨日とは違う今日が確かに存在していた。

僕は初めて、日常アニメの外側で息を吸った。

そして、少し不安ながらも胸を弾ませ、未知の世界へ踏み出していった。

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