#296 幽霊探偵あらわる

ちいさな物語

「頼むよ、俺が見えるのはお前だけなんだ!」

必死の形相で俺にすがってきたのは、自ら「死んだ」と言い張る男――山岸拓也だった。

俺はただ呆然と立ち尽くす。

俺だって幽霊なんか好き好んで見たくない。けれど生まれつき見えてしまう体質なのだから仕方ない。

街を歩けばぼんやりとした人影が視界の端に映り、ふらりと現れては「話を聞いてほしい」と絡んでくる。

だが今回ばかりは妙に真剣で、厄介な話になりそうだと感じた。

「俺、俺だよ。山岸拓也。覚えてるだろ? 高校の時、お前と同じクラスだった」

幽霊は自分の名前を名乗ったが、正直言ってピンと来なかった。確かにそんな名前のやつがクラスにいたかもしれない。――けど、三、四年も前の話で、いまいち思い出せない。

「俺が事故で死んだって知ってるよな?」

「い、いや……初耳だが」

そもそも、高校生活でほとんど接点のなかったクラスメートの訃報って、一般的に耳に入るものなのだろうか。

「冗談だろ!?」

幽霊のくせにムッとするなよ、と思いつつも聞き流していると、山岸は声をひそめた。

「実はな、俺、事故じゃなくて殺されたんだよ」

「はぁ?」

俺は呆れてため息をついた。どうやら厄介な妄想幽霊に絡まれたらしい。

「警察がちゃんと現場を調べて、事故って判断したんだろ?」

「調べたさ。でも、あいつらには見えないものがあるんだ。頼む、お前だけが頼りなんだ」

妙に切実な表情だった。幽霊なのに生前の感情を強く残しているようで、どこか悲壮感すら漂わせている。

結局、俺は根負けして話を聞くことにした。

山岸が言うには、事故が起きた夜、帰宅途中に突然後ろから何者かに押されたという。

直後に車が突っ込み、そのまま即死。警察は目撃者がいないことから、単なる事故として処理したらしい。

「でもな、確かに俺は誰かに押された感覚があったんだ。殺されたんだよ!」

幽霊の話が本当かどうかはともかく、すでにそのとき俺は山岸に「取り憑かれている」状態になっていた。見えるだけで、祓うことはできない。俺は仕方なく調査することに決めた。

それから数日、俺は山岸の周辺人物を調べ始めた。

幽霊本人が付いてくるため情報収集は容易だった。ただ、山岸と会話する俺は、傍から見れば「独り言を呟く怪しい人物」そのもので、道行く人々の奇妙な視線が痛かった。

調査を進めるうち、意外な事実が明らかになってきた。

山岸は生前、大学内で密かに起きていたある不正に気付いてしまったらしい。その証拠を掴んだ矢先に事故死している。確かにタイミングが良すぎる。

「俺が掴んだ情報を消すために、口封じされたんだ……。ひどい話なんだ。横領だぜ、横領。しかも学生から騙し取ってるんだ。大学全体が絡んでる大スクープなんだよ」

殺されているのに大興奮している山岸。それが本当なら、確かに大スクープだが、死んでしまっては元も子もない。

事件の真相を突き止めるため、俺は最後の手段を取ることにした。山岸の事故現場を直接調べるのだ。警察が調査した後なので、素人の俺がわかることなどはない。だが、警察に見えないものが俺には見える。

現場に立つと、周囲の雰囲気が明らかに変わった。空気が重く、何かが潜んでいるような気配がある。

「おい、ここだ。ここで押されたんだ……!」

山岸が指差した場所を見ると、アスファルトに何かの小さな破片が残されている。手に取ってみると、それは眼鏡の一部で、手にした途端にスッと消えた。嫌な予感。

「……それは俺のじゃないけど」

山岸が囁いた瞬間、俺の背後に別の気配を感じた。

振り返るとそこには、薄ぼんやりとした別の幽霊が立っていた。山岸よりも年上らしき若い男で、眼鏡が片方割れている。

「お前は誰だ?」

俺の問いかけに、新たな幽霊は静かに答えた。

「僕も山岸くんと同じ日に事故で死んだ。新聞には山岸くんを助けようとして一緒に巻き込まれたことになっているよ。でも、本当は山岸くんを押したのは僕なんだ……」

山岸は驚愕した顔で彼を見る。

「藤本、先輩? 同じゼミの院生の……」

藤本と名乗った幽霊は悲しそうに頷いた。

「ごめん……君が不正の証拠をつかんだのは知ってたんだ。君、大学のシステムをハッキングして自慢げにしてたくせに、急に黙ってしまったから、何を見てしまったのかわかりやすかったよ。でも、そのシステム構築を手伝ったのは僕だったんだ。院を出たら准教授候補としてゼミに残る約束でね……。それが無駄になると思ったらつい。でも大学側は僕のことも邪魔だったんだ」

山岸はしばらく黙り込み、それから静かに口を開いた。

「そうだったのか。俺たち、ある意味二人ともあの大学に消されたんだな」

山岸の表情は悲しそうだったが、どこか吹っ切れたようでもあった。ゼミの先輩に殺されていたなんて、そんなのは知らない方がよかったんじゃないだろうか。

後日、山岸が手に入れた大学の不正の証拠は、俺が匿名で某週刊誌に密告したことで、世間を揺るがす大騒動に発展した。警察ではなく、雑誌を選んだのは、山岸の案だ。目立ちたかったらしい。

週刊誌、ワイドショー、動画配信サービスに至るまで、あらゆる媒体を巻き込んで「有名大学の闇」と銘打って、連日報道され続けた。もちろん山岸と藤本という二名の学生の死についても、言及され、騒ぎはしばらく収まりそうになかった。

一連の騒動を存分に楽しんだ様子の山岸は、最後に穏やかな表情で礼を言って姿を消した。

俺は再び静かな日常に戻った――と、思っていたのだが。

「おい、相棒。事件の臭いがするぜ」

「誰が相棒だ」

大学の不正を暴いた山岸は、どうやらそういったことにハマってしまったらしい。成仏もせずにどこからか事件の気配を嗅ぎつけると、俺のところへやってくるようになってしまった。

「痴漢だ。常習犯だぜ。俺、ああいうの許せないんだ。捕まえてくれ」

「事件っていうか、それ?」

事件と呼ぶのかもしれないが、大学の不正とはずいぶんと規模感が違う。

「――ったく。仕方ないな」

コメント

タイトルとURLをコピーしました