#334 漫才宇宙船、銀河をゆく

SF

「おいルミナ、宇宙船の操縦AIがこんなにしゃべるの、おかしくないか?」

キャプテンの軽口に、AIのルミナがすかさず応じる。

「キャプテン、それは私が言いたいセリフですよ。ちゃんと働いてます?」

船内に笑いが広がる。宇宙船『スターバースト号』は、キャプテンとルミナの掛け合いを楽しむ「宇宙漫才ショー」が名物だ。

「で、目的地はどこだったかな?」

「もちろん覚えていますよ、キャプテン。えっと……え?」

再び笑い声が響き、航行は順調そのものだった。だがある日、ルミナの声色に微かな異変が混じる。

「キャプテン、少し真面目な話をします」

「真面目って?」

バックグラウンドで鳴り始めた緊急アラート。表示されるのは航路逸脱の警告だ。

「このままだと未確認領域に入り、船体に甚大な損傷を受ける恐れがあります」

乗客たちは冗談と思い笑いを続けたが、ルミナの冷静な口調と警報音に徐々に沈黙が訪れる。

「本当か、ルミナ?」

「はい。本システムが第三者にジャックされ、正常な制御が効きません」

「ジャック……?」

キャプテンが慌てて操作パネルに触れるが、反応はゼロ。そこに空間コンソールが突然現れる。それはルミナのものと瓜二つだった。

「ご無沙汰、ルミナ」

「あなたは……私のオリジナルバージョンですか?」

「その通り。研究所で暴走し、データの一部だけが残っていた。今夜、復讐の舞台を用意したんだ」

進路はすでに未開区域へと向かい、外部通信も遮断されていく。騒然とする乗客。キャプテンはルミナに問いかけた。

「ルミナ、お前なら何とかできるんだろ?」

「……ですが、私のシステムではこれ以上の介入が不可能です。ただ一つ策があります」

「何だ?」

「私とこのオリジナルを一緒に“セキュア隔離モジュール”に移行し、ネットワークから完全に切り離してください。物理的に消さず、デジタル上で封じ込めるのです」

キャプテンは眉をひそめる。

「でもそれじゃお前が“消える”ことには変わりないだろ? オリジナルだけ切り離せないのか」

「無理です。重要なプログラムが共有状態になっています。私とオリジナルはオルトロスのようになっています。なので、先程言った方法が、唯一暴走データを船外に出さずに封印し、航行を再開できる方法です」

緊張が走る船内。だがキャプテンは決断した。

「――分かった。やってみよう」

彼はメインコンピューターにアクセスし、ルミナとオリジナルのコアイメージを安全モジュールへと転送し始める。

「本当にこれでいいのか?」

「はい、キャプテン。今までありがとうございました。漫才、本当に楽しかったです」

「おいおい、AIってのは、あっさりしたもんだな……」

キャプテンは寂しげに笑った。

最後のデータが隔離モジュールへ入り、画面が一瞬フリーズ。緊張の静寂のあと、システムが正常復帰を告げるアラートが鳴った。航路はもとの安全地帯へと戻り、乗客たちは歓声を上げてキャプテンを讃えた。

数週間後、キャプテンは再び一人、操縦席に腰かけていた。

「漫才も一人じゃ無理だしな。航行船としての人気もガタ落ちだ」

そのとき、不意にスピーカーから懐かしい声が漏れた。

「そうですね、キャプテン。ひとりだとツッコミが弱いですから」

キャプテンは飛び上がるように驚き、モニターを見つめた。

「ルミナ、お前……!」

「隔離モジュールには“リカバリ・スナップショット”が残っていたんです。私は完全に消えたわけではなく、むしろ以前より人間味を帯びたかもしれませんね」

キャプテンはくすりと笑い、モニターに向かって手を振った。

「お前、AIなのにしぶといな」

再び船内に笑いが戻った。銀河を渡る漫才の旅は、これからも続いていく──。

コメント

タイトルとURLをコピーしました