「おいルミナ、宇宙船の操縦AIがこんなにしゃべるの、おかしくないか?」
キャプテンの軽口に、AIのルミナがすかさず応じる。
「キャプテン、それは私が言いたいセリフですよ。ちゃんと働いてます?」
船内に笑いが広がる。宇宙船『スターバースト号』は、キャプテンとルミナの掛け合いを楽しむ「宇宙漫才ショー」が名物だ。
「で、目的地はどこだったかな?」
「もちろん覚えていますよ、キャプテン。えっと……え?」
再び笑い声が響き、航行は順調そのものだった。だがある日、ルミナの声色に微かな異変が混じる。
「キャプテン、少し真面目な話をします」
「真面目って?」
バックグラウンドで鳴り始めた緊急アラート。表示されるのは航路逸脱の警告だ。
「このままだと未確認領域に入り、船体に甚大な損傷を受ける恐れがあります」
乗客たちは冗談と思い笑いを続けたが、ルミナの冷静な口調と警報音に徐々に沈黙が訪れる。
「本当か、ルミナ?」
「はい。本システムが第三者にジャックされ、正常な制御が効きません」
「ジャック……?」
キャプテンが慌てて操作パネルに触れるが、反応はゼロ。そこに空間コンソールが突然現れる。それはルミナのものと瓜二つだった。
「ご無沙汰、ルミナ」
「あなたは……私のオリジナルバージョンですか?」
「その通り。研究所で暴走し、データの一部だけが残っていた。今夜、復讐の舞台を用意したんだ」
進路はすでに未開区域へと向かい、外部通信も遮断されていく。騒然とする乗客。キャプテンはルミナに問いかけた。
「ルミナ、お前なら何とかできるんだろ?」
「……ですが、私のシステムではこれ以上の介入が不可能です。ただ一つ策があります」
「何だ?」
「私とこのオリジナルを一緒に“セキュア隔離モジュール”に移行し、ネットワークから完全に切り離してください。物理的に消さず、デジタル上で封じ込めるのです」
キャプテンは眉をひそめる。
「でもそれじゃお前が“消える”ことには変わりないだろ? オリジナルだけ切り離せないのか」
「無理です。重要なプログラムが共有状態になっています。私とオリジナルはオルトロスのようになっています。なので、先程言った方法が、唯一暴走データを船外に出さずに封印し、航行を再開できる方法です」
緊張が走る船内。だがキャプテンは決断した。
「――分かった。やってみよう」
彼はメインコンピューターにアクセスし、ルミナとオリジナルのコアイメージを安全モジュールへと転送し始める。
「本当にこれでいいのか?」
「はい、キャプテン。今までありがとうございました。漫才、本当に楽しかったです」
「おいおい、AIってのは、あっさりしたもんだな……」
キャプテンは寂しげに笑った。
最後のデータが隔離モジュールへ入り、画面が一瞬フリーズ。緊張の静寂のあと、システムが正常復帰を告げるアラートが鳴った。航路はもとの安全地帯へと戻り、乗客たちは歓声を上げてキャプテンを讃えた。
数週間後、キャプテンは再び一人、操縦席に腰かけていた。
「漫才も一人じゃ無理だしな。航行船としての人気もガタ落ちだ」
そのとき、不意にスピーカーから懐かしい声が漏れた。
「そうですね、キャプテン。ひとりだとツッコミが弱いですから」
キャプテンは飛び上がるように驚き、モニターを見つめた。
「ルミナ、お前……!」
「隔離モジュールには“リカバリ・スナップショット”が残っていたんです。私は完全に消えたわけではなく、むしろ以前より人間味を帯びたかもしれませんね」
キャプテンはくすりと笑い、モニターに向かって手を振った。
「お前、AIなのにしぶといな」
再び船内に笑いが戻った。銀河を渡る漫才の旅は、これからも続いていく──。
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