#339 真夏の犬はスイカを転がす

ちいさな物語

うだるような真夏の午後、庭で扇風機の風を浴びながらうたた寝をしていたら、飼い犬のチャッピーが唐突に言った。

「なあ、夏といえばスイカだろ?」

僕は目を開けるのも億劫だったので、そのまま曖昧に頷いた。するとチャッピーはさらに言葉を続ける。

「じゃあ、スイカを転がして世界を救うぞ」

暑さで頭がぼーっとしていた僕は、ここで「なんでチャッピーはしゃべってるんだ?」と疑問がわいたが、面倒くさいので何も言わなかった。

ふと見ると、庭先にはいつのまにか軽自動車ほどもある巨大なスイカが置かれている。

「お前、いつこんなスイカを……?」

「細かいことは気にするな。重要なのは、このスイカを転がして日本縦断をするってことだ」

チャッピーは茶色い耳をぴょこんと立て、やけに堂々と宣言する。

「日本縦断? 暑いのになんでそんなことを?」

「地球が暑すぎて悲鳴をあげてるんだ。このスイカを日本の端から端まで転がせば、地球はきっと涼しくなる」

どこがどう繋がっている理論なのかわからないが、真夏の暑さにやられた僕はどうでもよくなって、ただ頷いた。

僕らは巨大スイカを手で転がし、ゆっくりと道を進んでいった。道行く人々がギョッとして見つめるが、チャッピーが流暢に説明すると、みんな呆然としながら道を空けてくれた。日本を縦断すると言ったがここは関東だ。青森県、もしくは山口県に到達しても日本縦断とは言い難い。「日本」というからには沖縄県、北海道も入るだろう。海を渡る必要がある。しかし――面倒なので何も言わなかった。

最初に遭遇した問題は、スイカの巨大さゆえに橋を渡れないことだった。

「チャッピー、スイカが大きすぎて橋を渡れない」

「慌てるな。ここで『犬の秘密兵器その一』を使うぞ」

チャッピーはそう言うと、突如首輪の裏側から小さなラジコンのリモコンを取り出した。ピッと押すと、スイカがふわりと宙に浮いた。

「スイカ、飛ぶのかよ! ってか、そのまま運べよ」

宙に浮いたスイカを追って、僕らは無事に川を越えた。

その後も、海辺でスイカに群がるカモメたちと戦ったり、スイカを盗もうとする妙な集団と追いかけっこしたりと、妙な事件が次々と巻き起こった。チャッピーはそのたびに秘密兵器を取り出し、すべてを解決した。「スイカを飛ばして運んでよ」という僕の発言はすべて無視された。

旅の半ば、山間の田舎道を歩いていると、小さな祠の前に謎めいた老人が立っていた。老人はスイカを見て唸った。

「ほう、スイカ転がしの儀か……」

「ご存じなんですか?」

僕が驚いて尋ねると、老人は真顔で頷く。

「ふむ。昔からある呪術のひとつさ。だがスイカを転がすだけでは足りぬ。スイカを割らねば、地球は涼しくならぬぞ」

チャッピーは急に老人に詰め寄る。

「スイカ割りだと! そんなのは聞いてないぞ!」

「まあまあ、スイカ割りなら楽しいし、涼しくなる気がする」

僕は自信満々で落ちていた棒を振り回して素振りする。

「おい! やめろ! そのスイカは世界の命運を握っているんだぞ! いわば地球そのもの」

だが、その瞬間、僕が振り回していた棒がすっぽりと手から抜けて、思い切りスイカに直撃した。

「あ!」とチャッピーが叫んだのもつかの間、スイカはパカッと割れてしまった。

中から出てきたのは――大量のミニチャッピーだった。

「うわー! なんだこれ!?」

カマキリの卵が孵化したみたいで気持ち悪い。

「やれやれ、割られてしまったか」

チャッピーは落胆した表情で、子犬サイズのミニチャッピーたちを見つめている。

「地球は……?」

「うむ、『ミニ俺』の可愛さで涼しくなるかもしれん」

チャッピーがすべてを諦めたようにつぶやくと、ミニチャッピーたちは一斉に空に舞い上がり、日本中に散らばっていった。その壮大な光景に、ほんの少しだけ気温が下がった気がした。気がしただけかもしれない。

中途半端に旅を終えて自宅に戻った頃には、すっかり秋の風が吹いていた。

「おい、チャッピー。僕たちは本当に地球を救ったのか?」

「まあ、地球は気持ちの問題だからな」

チャッピーは曖昧にごまかして、ソファに寝転がった。

そんなある日、テレビでニュースが流れた。

「全国各地に大量発生した謎の小型犬、チャッピー。今、女子高生たちに大人気です」

僕はチャッピーを見た。

「お前、もしかしてこれが目的だったのか?」

テレビの中継ではミニチャッピーたちが女子高生のかばんにマスコット人形のようにくくりつけられている。

チャッピーはニヤリと笑うと、窓の外に向かって言った。

「そもそも夏が暑すぎるのはきっと、スイカのせいだったんだよ」

「何をわけのわからないことを」

僕はため息をつき、また来年の夏もこんな妙な旅をするのかと思ったが、なんだかそれも悪くないような気がした。

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