#350 今日も勇者が現れない

ちいさな物語

「魔王が復活したのに、勇者が見つからない」

国王が溜息混じりに告げる言葉に、魔法使いである俺は思わず頭を抱えた。

いや、それにしたって、なんで俺が行く流れになってるんだ?

「申し訳ない、セオドア殿。しかし、頼めるのはそなたしかおらぬ」

国王は苦々しい表情で続けた。

「我が国では代々、その時代に現れた魔王を倒すのは、どこからともなく生まれてくる勇者の使命と決まっている。だが、今回は肝心の勇者がまったく見つからないのだ。こんなこと、我が国の長い歴史の中では初めてのこと」

それは知っている。魔王が現れたのに何年も勇者が現れないと噂されていたが、まさか本当に見つからないとは思わなかった。

「私は魔法使いですよ? 杖を振って呪文を唱える専門です。勇者の代わりなんて無理ですよ!」

「無理はわかっておる。しかしこのまま国民たちが魔王に虐げられておるのを黙って見ておるわけにはいくまい」

それを言われてしまうと抵抗できない。

結局俺は無理やり勇者の代理を引き受ける羽目になった。

翌日、王宮の門前に集まった群衆に見送られながら、俺は失意のうちに旅に出た。魔王は勇者以外には倒せない。つまり死にに行くようなものだ。

同行者は、皮肉屋な弓使いのライナと、常に食べ物を探している戦士のグルム。勇者がいないせいで、明らかに寄せ集め感の強いメンバーだ。

「魔法使いが勇者役とはなぁ」

ライナはさっそく皮肉った。

「うるさい。文句は国王陛下といつまでも出てこない勇者に言ってくれよ」

俺は疲れた声で返した。

「勇者ならさっき市場で飯食ってたぞ」

グルムがぼんやりと言う。

「……まったくおもしろくない冗談を言うな!」

「勇者じゃないうえに、ツッコミまで下手かよ」

グルムは舌打ちをした。このパーティー、本当に大丈夫なのか?

途中、森を通ったときだった。草陰から突然、小柄な魔物が飛び出してきた。

「ぐぎゃ!」

と叫ぶ魔物に、俺は慌てて魔法を唱えようとしたが、動揺のあまり呪文が思い出せない。

「おい、魔法使い!」

「ちょっと待て、思い出すから!」

魔物が近づいてくる。焦る俺を横目に、グルムが大剣をひと振りすると、あっけなく魔物は倒れた。

「魔法使いとしても使えないのか」

ライナがまたも皮肉を飛ばす。

「俺は王宮の研究職なんだよ。魔法の実力は確かだが実戦経験はほとんどない」

「まーじかよ」とライナが大仰にため息をつき、「あー、腹へった」と、グルムが腹をさすった。

その後も何度か襲撃を受けたが、俺の魔法は常にタイミングが悪く、結局グルムやライナが倒す羽目になる。

ようやく魔王の城が見えてきたとき、すっかり俺の自信は失われていた。早く魔法研究に戻りたい。

城の門をくぐると、魔王は玉座で優雅に紅茶を飲んでいた。

「ようやく来たか、勇者……あれ? 誰だ君は?」

魔王も明らかに困惑した表情を浮かべる。

「すまん。勇者不在につき、魔法使いの俺が代理で来た。お前を倒す」

俺は仕方なく説明した。

「ふーん、魔法使いかぁ。まぁいいや、戦おうか」

魔王は明らかにやる気のない感じで立ち上がった。

戦闘開始。俺はとりあえず呪文を唱える。最強クラスの炎の魔法だが、実戦で使ったことはないため、魔王がひょいと体を傾けただけで、あっさりとかわされる。

「お前、変な魔法使いだな? 今の魔法を顔色を変えずに繰り出しながら、全然当たらないのはどういうことだ?」

魔王の疑問にライナが即答した。

「かなり高位の魔法使いには違いないらしいが、実戦経験がないから、これっぽっちも使い物にならない」

「ちょっと待て、味方だろ!」

俺の悲痛な叫びもむなしく、魔王は呆れてため息をついた。

「なぁ、君たち。今日はやめにしないか?」

「え?」

「最近勇者も来ないし、侵略とかにも飽きたんだよ。暇で仕方がない」

魔王が言うと、グルムが急に目を輝かせた。

「それなら一緒に飯でも食おうぜ!」

いや、なんでそうなる? その提案に魔王も目を丸くしたが、すぐに乗り気になった。

「そうだな、戦いも飽きたし、久しぶりに料理でも作るか」

こうして、俺たちは魔王の城で豪華な夕食会に招かれることになった。いや、どうしてだ?

食卓には見事な料理が並び、魔王自慢の特製シチューまで登場した。

「うまい! さすが魔王!」

グルムは大喜びだ。

「魔王さん、戦いはもうしないんですか?」

ライナが尋ねると、魔王は肩をすくめた。

「勇者も来ないしな。もう引退だな」

どうやら長い間勇者が現れないという弊害は魔王側にも及んでいたらしい。食事が終わる頃、すっかり和やかなムードになっていた。

翌朝、俺たちは魔王と固い握手を交わして別れた。

帰路の途中、ライナが呟いた。

「魔法使いが勇者役ってのも悪くないな」

「それは皮肉か?」

俺が問うと、ライナは珍しく素直に笑った。

「いや、案外楽しかったよ。皮肉じゃないぜ」

「飯もうまかったしな」

グルムは魔王にお土産でもらった巨大なパンのようなものをかじりながら言った。

国に戻ると、国王は俺たちが魔王を倒したと思い込み、大いに喜んだ。

「さすがはセオドア殿! 勇者が見つからなくても問題なかったな!」

俺は言い訳も面倒になり、曖昧に微笑んでおいた。

勇者不在でも何とかなる。そんな奇妙な結論で、俺の『勇者代理』としての冒険は幕を閉じた。そしてまた静かな魔法研究の仕事に戻ることが出来たのだ。

変わったことといえば、たまにライナとグルムが遊びに来ることくらいか。

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