353 魔法少女(35)

ちいさな物語

「もう25年かぁ……」

鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。

10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。

「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差し掛かっていた。

最近は、魔法のステッキを振るたびに、腰に鈍い痛みを感じることが増えた。

それでもまだまだ現役だと自分に言い聞かせて、私は今日も悪と戦うのだ。

「魔法のステッキよ、パワーを与えたまえ!」

呪文を唱え、ステッキを振ると、なんだかいつもよりキラキラが控えめな感じがする。

「あれ? 今日はなんか調子が悪いな」

ため息をつきながら光の中でコスチュームに包まれる。

ピンクと白を基調にしたフリフリのスカートは、心なしかきつくなってきたような気がするけれど――きっと気のせいだろう。

そんなことを考えていると、突然部屋に小さな光が現れた。

「マジカル・ユキちゃん!」

使い魔である大きな耳を持つ白ウサギのマロンが、甲高いアニメ声で私を呼んだ。

「ユキちゃん」って……。さすがに最近は呼ばれると少し恥ずかしい。

「また敵が現れた! みんなが危ない。急いで!」

明日も仕事なんだけどな……。でも世界平和には代えられない。

「わかった、今行く!」

慌てて窓からひらりと外に飛び出す。変身すると身が軽くなり、重力をあまり感じない。2階くらいなら余裕で降りられる。

外では若い魔法少女たちがすでに敵と戦っているのが見えた。

「あ、ユキさん! ご苦労様です!」

17歳のマジカル・リナちゃんが元気いっぱいに挨拶する。彼女たちを見ると、自分が若かった頃を思い出す。

「遅れてごめんね。みんな! 大丈夫?」

私がそう言うと、リナちゃんはにっこり笑って、「よかった! ユキさんがいると安心します! 大ベテランだし!」と、嬉しいような、ちょっと複雑な気持ちになるようなことを言った。

「さあ、いくわよ!」

私は若手に負けじと、敵に向かって華麗なジャンプを決めた。

「マジカル・ウインド!」

ステッキを振ると風が巻き起こり、敵を吹き飛ばす。

けれど、着地した瞬間、右膝がピキッと嫌な音を立てた。

「あ、痛たた……。」

思わず声が漏れたが、若手に気付かれないように必死で笑顔を作った。

戦闘を終えて、私はマロンと一緒に家路についた。

「ユキちゃん、引退――とか、考えたことある?」

突然、マロンが口を開いた。

「え! なんでよ?」

「最近、体力落ちてない? お仕事も忙しいし……課長になったばかりでしょ? 実は魔法でカバーできるパワーにも限界があるんだ。若い子たちも育ってきてるし、もうそんなに無理しなくても……。心配だよ」

その言葉に胸がちくりと痛む。

「ありがとう。でもね、マロン。私まだ戦えるのよ。年齢なんて関係ないわ」

私は意地になって言い返した。

そんなある日、街に巨大な怪獣が現れた。悪の組織が人間たちの出す廃棄物から生み出している。ここ数年では最大級の敵だ。

「マジカル・ユキちゃん、出動だ!」

マロンが叫ぶと、私は決意を込めてステッキを握った。

だが、街にはすでに新人魔法少女たちが集まっていた。

「おばさん、無理しなくていいですよ!」

生意気キャラのマジカル・ミオちゃんがにやにや笑った。

「おば……!?」

その瞬間、何かがプツンと切れた。

「魔法のステッキよ、私に最高のパワーを!」

私は叫びながら、最も強力な呪文を唱えた。これを使ったのは十年ぶりくらい? 

信じられないくらい眩しい光が街を包み、巨大怪獣は一瞬で消し飛んだ。

「すごい」「信じられない」と、口を開けたまま呆然とする若手たちの前で、私は堂々と胸を張った。

「年齢で判断しないで。まだまだ現役よ」

帰宅後、私は力を使い果たしてベッドに倒れ込んだ。

「やっぱり、ちょっと無理しちゃったかも」

明日も仕事なのに疲労困憊だ。マロンが優しく寄り添った。

その時、マロンがぽつりと告げた。

「ユキちゃんは本当に今までで最強の魔法少女だよ。でも実はね、今新しい魔法少女候補がいるんだ。だから本当に無理はしないで」

「ふーん。……私の後任になるかもってわけね」

少し寂しさを感じつつも、それはいつか来ることだと分かっていた。

数日後、公園で魔法少女候補の女の子と会った。

小学生らしい彼女は、不安そうに私を見上げた。

「お姉さんが魔法少女?」

「ま、まあね。ちょっとばかり歳いってるけど」

頭をかく私に、その子はきらきらとした目を向ける。

「マロンが最強の魔法少女って言ってたの、お姉さんのことでしょ? 私、お姉さんみたいな魔法少女になれるかな?」

マロンは本当に私のことを買ってくれているのだ。私は彼女の目を見て、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ。愛と勇気と希望があれば戦える」

彼女は瞳を輝かせ、私の手を握りしめた。

「でも、あの……お姉さんは何歳まで魔法少女をやるの? 私のお母さんよりも、その、お姉さんだよね?」

そういうこともあるのか。この子のお母さんより歳上……。「おばさん」という言葉を使わないだけこの子はやさしい。

少し困って笑ったあと、私は堂々と答えた。

「そうね。みんなが頼ってくれる限り、私はずっと魔法少女よ」

少女は少し驚いた顔をした後でにっこりと笑った。その笑顔を見て、私もまた新しい勇気をもらった気がした。

年齢や肩書きにとらわれず、自分らしく生きる。これが私の本当の魔法だと気付いた瞬間だった。

そして今日も私は、フリフリの衣装をまとって空を飛ぶ。

35歳の魔法少女、まだまだいける。そう胸を張りながら、空高く舞い上がった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました