「もう25年かぁ……」
鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。
10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。
「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差し掛かっていた。
最近は、魔法のステッキを振るたびに、腰に鈍い痛みを感じることが増えた。
それでもまだまだ現役だと自分に言い聞かせて、私は今日も悪と戦うのだ。
「魔法のステッキよ、パワーを与えたまえ!」
呪文を唱え、ステッキを振ると、なんだかいつもよりキラキラが控えめな感じがする。
「あれ? 今日はなんか調子が悪いな」
ため息をつきながら光の中でコスチュームに包まれる。
ピンクと白を基調にしたフリフリのスカートは、心なしかきつくなってきたような気がするけれど――きっと気のせいだろう。
そんなことを考えていると、突然部屋に小さな光が現れた。
「マジカル・ユキちゃん!」
使い魔である大きな耳を持つ白ウサギのマロンが、甲高いアニメ声で私を呼んだ。
「ユキちゃん」って……。さすがに最近は呼ばれると少し恥ずかしい。
「また敵が現れた! みんなが危ない。急いで!」
明日も仕事なんだけどな……。でも世界平和には代えられない。
「わかった、今行く!」
慌てて窓からひらりと外に飛び出す。変身すると身が軽くなり、重力をあまり感じない。2階くらいなら余裕で降りられる。
外では若い魔法少女たちがすでに敵と戦っているのが見えた。
「あ、ユキさん! ご苦労様です!」
17歳のマジカル・リナちゃんが元気いっぱいに挨拶する。彼女たちを見ると、自分が若かった頃を思い出す。
「遅れてごめんね。みんな! 大丈夫?」
私がそう言うと、リナちゃんはにっこり笑って、「よかった! ユキさんがいると安心します! 大ベテランだし!」と、嬉しいような、ちょっと複雑な気持ちになるようなことを言った。
「さあ、いくわよ!」
私は若手に負けじと、敵に向かって華麗なジャンプを決めた。
「マジカル・ウインド!」
ステッキを振ると風が巻き起こり、敵を吹き飛ばす。
けれど、着地した瞬間、右膝がピキッと嫌な音を立てた。
「あ、痛たた……。」
思わず声が漏れたが、若手に気付かれないように必死で笑顔を作った。
戦闘を終えて、私はマロンと一緒に家路についた。
「ユキちゃん、引退――とか、考えたことある?」
突然、マロンが口を開いた。
「え! なんでよ?」
「最近、体力落ちてない? お仕事も忙しいし……課長になったばかりでしょ? 実は魔法でカバーできるパワーにも限界があるんだ。若い子たちも育ってきてるし、もうそんなに無理しなくても……。心配だよ」
その言葉に胸がちくりと痛む。
「ありがとう。でもね、マロン。私まだ戦えるのよ。年齢なんて関係ないわ」
私は意地になって言い返した。
そんなある日、街に巨大な怪獣が現れた。悪の組織が人間たちの出す廃棄物から生み出している。ここ数年では最大級の敵だ。
「マジカル・ユキちゃん、出動だ!」
マロンが叫ぶと、私は決意を込めてステッキを握った。
だが、街にはすでに新人魔法少女たちが集まっていた。
「おばさん、無理しなくていいですよ!」
生意気キャラのマジカル・ミオちゃんがにやにや笑った。
「おば……!?」
その瞬間、何かがプツンと切れた。
「魔法のステッキよ、私に最高のパワーを!」
私は叫びながら、最も強力な呪文を唱えた。これを使ったのは十年ぶりくらい?
信じられないくらい眩しい光が街を包み、巨大怪獣は一瞬で消し飛んだ。
「すごい」「信じられない」と、口を開けたまま呆然とする若手たちの前で、私は堂々と胸を張った。
「年齢で判断しないで。まだまだ現役よ」
帰宅後、私は力を使い果たしてベッドに倒れ込んだ。
「やっぱり、ちょっと無理しちゃったかも」
明日も仕事なのに疲労困憊だ。マロンが優しく寄り添った。
その時、マロンがぽつりと告げた。
「ユキちゃんは本当に今までで最強の魔法少女だよ。でも実はね、今新しい魔法少女候補がいるんだ。だから本当に無理はしないで」
「ふーん。……私の後任になるかもってわけね」
少し寂しさを感じつつも、それはいつか来ることだと分かっていた。
数日後、公園で魔法少女候補の女の子と会った。
小学生らしい彼女は、不安そうに私を見上げた。
「お姉さんが魔法少女?」
「ま、まあね。ちょっとばかり歳いってるけど」
頭をかく私に、その子はきらきらとした目を向ける。
「マロンが最強の魔法少女って言ってたの、お姉さんのことでしょ? 私、お姉さんみたいな魔法少女になれるかな?」
マロンは本当に私のことを買ってくれているのだ。私は彼女の目を見て、優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。愛と勇気と希望があれば戦える」
彼女は瞳を輝かせ、私の手を握りしめた。
「でも、あの……お姉さんは何歳まで魔法少女をやるの? 私のお母さんよりも、その、お姉さんだよね?」
そういうこともあるのか。この子のお母さんより歳上……。「おばさん」という言葉を使わないだけこの子はやさしい。
少し困って笑ったあと、私は堂々と答えた。
「そうね。みんなが頼ってくれる限り、私はずっと魔法少女よ」
少女は少し驚いた顔をした後でにっこりと笑った。その笑顔を見て、私もまた新しい勇気をもらった気がした。
年齢や肩書きにとらわれず、自分らしく生きる。これが私の本当の魔法だと気付いた瞬間だった。
そして今日も私は、フリフリの衣装をまとって空を飛ぶ。
35歳の魔法少女、まだまだいける。そう胸を張りながら、空高く舞い上がった。
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